ストーリー
2005年2月27日放送 第八回「決別」(演出:黛りんたろう) 承安元年(1171年)。 都の吉次(市川左團次)の屋敷を訪れた遮那王(滝沢秀明)は、吉次とあかね(萬田久子)に奥州の平泉へ行くことを決めたと告げる。 吉次は急いで出発の手筈を整え、準備が出来たら鞍馬に知らせると答える。 帰り道に遮那王は、平重盛(勝村政信)が兵を率いて公卿三位邸から出てくるところに遭遇する。 先日、都の往来で公卿三位の列に道を譲らず、家人の烏帽子を取られるという失態を犯した重盛の子の資盛(小泉孝太郎)。 烏帽子を取りに来いという三位の言葉に激怒した重盛が、兵を率いて三位邸内に押し入り、強引に烏帽子を奪い返したのであった。 摂政の藤原基房(中丸新将)は平家の横暴ぶりを理由に、清盛(渡哲也)の娘の徳子(中越典子)の入内をやめるよう後白河法皇(平幹二朗)に進言するが、平家の力を知る法皇は及び腰である。 西八条第では、今回の重盛の行動について平家一門の話し合いが行われていた。 宗盛(鶴見辰吾)は福原に都が移るのではという不安不満を持つ公家たちの為にも、清盛が基房に頭を下げることを進言する。 弟の知盛(阿部寛)らから、過度に公家側に肩入れしていると言われた宗盛は、母の時子(松坂慶子)に自分は父や弟に嫌われていると怒りをぶつける。 清盛と2人になった重盛は、清盛の長男としての自分の行く道を皆に知らしめるための行動だと話す。 平家一門の為に鬼になると話す重盛の苦労を労う清盛。 一方、遮那王は五足(北村有起哉)とうつぼ(上戸彩)と共に母に会う為に一条邸に来ていた。 しかし、常盤(稲森いずみ)は一条長成(蛭子能収)と共に住吉参詣に出ていて留守だった。 鞍馬寺へ戻った遮那王は、門前で遮那王を待つ弁慶(松平健)を見つけ、裏道から門へ向かう。 石段で待ち疲れて眠る弁慶を見て、微笑む遮那王。 清盛と時子は徳子に入内が決まったことを話す。 しかし徳子は気乗りがしない様子で、受けなければいけない話なのかと尋ねる。 徳子を下がらせた清盛は、徳子の入内によって今後の平家の地位と権威が変わるという事の重要性を時子に語り、徳子を説き伏せるよう言い渡す。 寺で掃除をする遮那王に、先輩僧の持覚(齊藤尊史)が五足が門前に訪ねて来ていると告げる。 遮那王は弁慶を警戒するが、持覚は弁慶は空腹で都に戻ったと話す。 五足は遮那王に、常盤が屋敷に戻ったと告げる。 一方、鎌倉の頼朝(中井貴一)は都の三善康信からの京の様子についての報告の書状を読んでいた。 頼朝は浜辺で岩に腰掛け、砂に描いた福原、京、伊豆、奥州を表す印を眺めていた。 そこへ馬に乗って政子(財前直見)が現れる。 政子は頼朝に砂に描かれた印の意味を問い、頼朝と共に岩に上がり印を眺める。 その2人の様子を陰から見ていた伊東家の家人は、頼朝と政子のことを平家に報告する。 報告を聞いた重盛らは頼朝と北条家の結び付きを危惧し、遮那王の処遇についても話し合う。 大番役として都に来ていた北条時政(小林稔侍)は、盛国(平野忠彦)に頼朝と政子について問われて狼狽する。 そして事の次第を検めるために急ぎ伊豆に戻りたいと願い出る。 時子は、弟の時忠(大橋吾郎)と領子(かとうかずこ)夫妻から、清盛と常盤の子で常盤が長成に嫁ぐ際に夫妻が預かり育てていた能子(山口愛)の処遇について相談を受ける。 時子は能子の身を盾にして、常盤に遮那王へ出家を勧めさせることを考え付く。 翌日、長成は時忠から、能子の安全の為にも遮那王に急ぎ出家を促すよう言い渡されたと常盤に話す。 常盤から遮那王に出家を望む言葉が伝えられ、見張りの平家の兵も日毎増える。 遮那王は覚日律師(塩見三省)に奥州へ向かうことを告げる。 遮那王はお徳(白石加代子)の家を訪ねて世話になった礼を言う。 お徳は3日後にまた来るように告げる。 その後、六波羅の清盛の前にお徳が現れ、1人で蓮華王院へ参ることを勧める。 蓮華王院(三十三間堂)。 1人で本尊に手を合わせる清盛の元に近付く遮那王。 遮那王に気付いた清盛は、何故出家しないのかと遮那王に問い質す。 遮那王は清盛に、幼い自分に清盛が語った夢の都を共に見たかったが、別の場所で夢を見つけようと思うと話す。 清盛は、自分は平家、遮那王は源氏であることを決して忘れるなと告げてその場を去る。 お徳に礼を述べた遮那王は、常盤に別れを告げる為に一条邸へ向かう。 五足、烏丸(高橋耕次郎)は遮那王と別れの言葉を交わし、門前で見張る警備の兵を誘き寄せる。 うつぼに別れを告げた遮那王は、一条邸内に侵入する。 長成は気を利かせてその場を去り、部屋で向かい合う遮那王と常盤。 遮那王は常盤に奥州に向かうと告げ、鞍馬寺に入れられたのは常盤に捨てられたのだと思って泣いたこと、自分の出自を知り怨んだこともあったと話す。 泣いて詫びる常盤に、遮那王は全て幼い自分や兄達を生き延びさせる為の常盤の捨て身の生き方だったと解ったと告げる。 感謝を述べて平伏する遮那王に、常盤は今の言葉で何もかもが報われたと話し、自分が縫い上げた水干を渡す。 この場で着たいという遮那王の申し出を受け、常盤は水干を遮那王に着せ、亡き父義朝の形見の腰刀を渡す。 「生きていよ」という常盤の言葉に頷く遮那王。 常盤が奏でる笛の音を聞きながら、遮那王は一条邸を後にした。 |
2005年3月6日放送 第九回「義経誕生」(演出:黛りんたろう) 承安元年(1171年)。 平家の兵に囲まれる鞍馬寺。 奥州へと向かう為にこっそりと寺を出ようとする遮那王(滝沢秀明)は、覚日律師(塩見三省)と先輩僧の持覚(齊藤尊史)、瑞雲(吉澤宙彦)に呼び止められる。 寺に迷惑をかけないよう密かに出発するつもりだったと話す遮那王に、気付いていたと答える覚日律師。 形見を授ける代わりに再会の時を待つという覚日律師の言葉に、頭を下げる遮那王。 毘沙門天像のあるお堂を訪れた遮那王の前に、喜三太(伊藤淳史)が現れる。 喜三太は土下座し、家来として奥州へ連れて行って欲しいと懇願する。 遮那王は喜三太の供を許し、喜三太は遮那王の最初の家来となる。 遮那王と喜三太は、待ち合わせていた吉次(市川左團次)や供をする小物(下級奉公人や雑兵のこと)の十蔵(中西良太)、熊七(江良潤)らと共に京を出発する。 2日後、遮那王の出家を命じる為に鞍馬寺を訪れた盛国(平野忠彦)は、遮那王が出奔したと聞かされる。 平家の兵が大騒ぎをする最中に鞍馬寺を訪れた弁慶(松平健)は、遮那王出奔を聞き驚く。 知らせを聞いた清盛(渡哲也)や重盛(勝村政信)らは、遮那王が伊豆の頼朝(中井貴一)の元へ向かったと考え、遮那王追捕の命を発する。 宗盛(鶴見辰吾)は、追捕ではなく見つけたら殺すべきと主張する。 弁慶はうつぼ(上戸彩)を探し当て、遮那王の行き先を尋ねる。 うつぼは弁慶に対して警戒していたが、うっかり遮那王は奥州に向かったと口を滑らせてしまう。 東へ向かう遮那王と吉次一行。 道中、何者かにつけられている事に気付いた一行は、二手に分かれて進むことにする。 遮那王、喜三太、十蔵、熊七らの隊の前に、熊坂長範(河原さぶ)率いる盗賊団が現れる。 後からも盗賊団の一員である伊勢三郎(南原清隆)らが現れ、前後を挟まれる遮那王一行。 積荷を渡せと要求する長範に、拒否する遮那王。 一斉に盗賊達が襲い掛かり、遮那王達は応戦する。 そこへ弁慶が現れ、長刀で盗賊達をなぎ払い追い払う。 弁慶は遮那王の前に手を突き、家来にして欲しいと改めて願い出る。 弁慶の気迫に負け、家来と認める遮那王。 喜三太は自らを第1の家来と話す弁慶に不満を抱き、遮那王に第1の家来は自分だと主張する。 十蔵らも喜三太に同意し、2番目が嫌なら諦めろと言われ、渋々受け入れる弁慶。 その夜、寺で宿を取る遮那王一行は、長範ら盗賊団の動きに警戒を強める。 夜明け前に寺に現れた盗賊団は、三郎を先頭に遮那王の寝床を襲撃する。 しかし、遮那王らは盗賊らの夜襲に備えて寺の外で待ち構え、逆に長範を人質に他の盗賊らを捕らえる。 突然、1人の盗賊が遮那王に斬りかかり、遮那王は反射的に盗賊を斬り、盗賊は絶命する。 長範は首を刎ねられる前に遮那王の名を尋ねる。 冥土への引導としてという長範の頼みに、弁慶が源氏の棟梁の義朝の遺児の遮那王だと教える。 それを聞いて驚く三郎。 覚悟を決める長範に、この先盗賊を辞めるなら命を取らないと告げる遮那王。 長範は今日限り盗賊を辞め田畑を耕すと遮那王に誓い、遮那王が斬った盗賊の弔いをするべく他の盗賊らとその場を去る。 1人残った三郎は遮那王の前に手を突き、自分は伊勢三郎義盛といい、父は源氏の郎党で義朝が熊野参詣の折には声をかけてもらったと話し出す。 源氏の御曹司を襲ったことを詫び、平家の世になり生きる為に盗賊になったが、いつかは源氏の武者として生きる夢を持っていたと訴え、遮那王の家来になりたいと懇願する。 弁慶らに一蹴されその場を立ち去る三郎を気にする遮那王に対し、「蟹男(三郎のこと)の世迷言」と笑い飛ばす弁慶。 翌日、河原で腰刀を洗う遮那王に、弁慶は源氏の御曹司として歩む遮那王の道を語り、自分は生涯その道の供をすると誓う。 尾張で吉次と合流した遮那王一行。 遮那王は、吉次からこの先の内海庄が義朝の最期の地と聞かされ、そこで元服したいと言い出す。 平泉に着き、藤原秀衡(高橋英樹)に烏帽子親になってもらって元服してはと進言する吉次に、どんな人か解らない人に烏帽子親になってもらう訳にはいかないと断る遮那王。 その夜、吉次、弁慶、喜三太が見守る中、1人で元服の儀式を執り行う遮那王。 元服後の名を尋ねられ、源氏9番目の子から「九郎」、源氏代々の「義」、鞍馬での読経の日々から「経」で「九郎義経」と弁慶らに告げる。 この日から遮那王は、源九郎義経と名乗ることとなった。 道中を東へ向かう義経一行の前に、馬に乗った三郎が現れる。 三郎は、平家の手勢が追ってきているので他の道へ回るよう進言する。 一行は二手に分かれ、義経らは間道を駿河へ向かう。 3日後、駿河で義経らと合流した吉次は、この先は船で海路を通って奥州を目指すことにすると話す。 入江にある唐船の持ち主の駿河次郎(うじきつよし)が砂金10袋を要求しているという十蔵の報告に、承知したと答える吉次。 自分の為にそこまでしてくれる吉次に驚く義経。 宿の外には空腹の三郎が座り込んでいた。 翌日、次郎の船に乗り込む義経一行。 次郎は吉次らに高飛車な態度を取り、船は出帆する。 伊豆の北条家。 都から急遽戻った時政(小林稔侍)は、政子(財前直見)に頼朝との噂の真相を問い質す。 政子は夫にするなら頼朝が良いと答え、時政を慌てさせる。 ある日、突然の雨に降られた頼朝が逃げ込んだ祠の中には、濡れた着物を脱いで乾かしていた政子がいた。 驚いてその場を立ち去ろうとする頼朝に、「雨が止むまで待つ方が良いと思う」と告げる政子。 振り向いた頼朝を見つめる政子。 船上で義経に話しかける次郎。 次郎は異国と交易をするのが夢だが、平家に押されてどうなるか解らないと語る。 海は誰の物でもないと言う義経を、だたの小物ではないと見抜き興味を持つ次郎。 そこへ、船に忍び込んでいた者がいたと報告が入る。 その者とは三郎で、空腹でフラフラになりながらも義経に家来にしてほしいと懇願する。 義経は倒れこむ三郎に握り飯を差し出し、三郎は握り飯に食らいつく。 「海の上まで追ってこられたら拒めんな、供を許そう」という義経の言葉に、義経の足にしがみ付いて号泣する三郎。 こうして三郎は喜三太、弁慶に次いで義経の3人目の家来となる。 船は目的地の塩竈の泊に着く。 礼を言って立ち去る義経に、次郎は平泉まで自分も着いて行くと言い出す。 預かった積荷が無事に届くか確認するのも船主の務めと告げる次郎。 積荷扱いされ怒る弁慶を嗜め、同行を許す義経。 義経一行は、一足先に平泉に向かった吉次一行から1日遅れて、平泉へと向かう。 |
(一部敬称略)
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