とある日曜日の夕方。
米花ホテルのロビーに、一見すると父と年の離れた姉弟という風に見える一組の家族の姿があった。
その実情は、父毛利小五郎と娘の蘭、そして、居候の江戸川コナンという構成なのだが。
「おい、蘭! もう6時を過ぎたぞ? 予約は6時で入ってるんじゃ無かったのか?」
「そ、そうなんだけど……、レストランの人が準備ができ次第、ロビーに迎えに来るっていうことだから……」
「ったく、こちとら昼飯抜きだってぇのに。デパートのくじ引きの商品だからって、サービスの手を抜いてるとか言わねえよな?」
「そ、そんなことはないと思うよ。ほ、ほら、今日は日曜日だから、結婚式とかでレストランの人も忙しいんじゃない?」
(ハハハ……、蘭の奴、いつものってわけね……。今日は仏滅だっつーの)
一向に降り止やまいい雨を眺めながら、小さく溜め息をつくコナン。
天気同様に、コナンの心も厚い雲に覆われようとしていた。
「来た!!」
「おお、ようやく、晩飯にありつける、って、いっ!? 英理ッ!?」
「ど、どうして、あなたがここに?」
「そりゃあ、こっちのセリフだ!!」
「蘭に誘われたのよ。ホテルの夕食招待券を貰ったから、たまには母と娘二人で一緒にどう?って」
「蘭! さては、オマエ、また……」
「だってぇ、招待券にはご家族4名様分って書いてあったから、4人で来ないと損しちゃうでしょ?」
「だったら、最初からそう言えば良かったでしょ?」
「そう言うけど、二人とも私が素直に話していたら、ちゃんと来てくれた?」
「いや、それは……」
「そ、そうね……」
「でしょ? こうでもしなくちゃ、二人とも来てくれないんだもん! ほら、お父さんもお母さんも急に大声で話し始めるから、周りの人たちが私たちのこと変な目で見てるよ? とりあえず、レストランに行った方が良いんじゃない? コナン君だって、お腹空いてるよね?」
「う、うん」
(頼むから蘭、この二人の痴話ゲンカに俺まで巻き込まないでくれよな。ほら、夫婦ゲンカは犬も食わないって言うだろ? ましてやこの二人は、蛇とマングースみたいなもんなんだからさ。今日は正に、仏滅だな……)
かくして、蘭の思惑通り、毛利一家(コナンを含む)は、この夜、同じテーブルを囲むこととなったのである。
今夜のメニューは中華のフルコース。
4人は中華料理店特有の回る丸テーブルが中央に位置する個室に通された。
向かい合わせになるのは嫌だからと、小五郎と英理は隣り合わせで、小五郎の横にはコナン、英理の横には蘭が座ることで落ち着いたのだが、この並びが良くなかった。
次々と運ばれてくる料理をそれぞれで取り皿に取ろうとするのだが、そこは似たもの夫婦とでも言うのか。同じタイミングで同じ料理に箸を伸ばすものだから、いちいちつまらない言い争いが始まり、そのため、蘭とコナンは、二人の言い争いが収まるのを、その都度待たなければならなかったのである。
(ったく、個室だから良かったようなものの……)
幾度と無く繰り返される痴話ゲンカを、コナンは心底呆れながら眺めていた。
一方の蘭はというと、コナンとは違い、両親の痴話ゲンカにも終始笑顔が絶えることはない。
しばらくして、不思議そうに自分を見つめる視線に気付き、両親に気付かれぬよう、蘭はコナンにそっと耳打ちした。
「なんだかんだ言ったって、あの二人、いつだってラブラブなのよね! どうしてずっと別居してるのか、不思議だと思わない?」
コナンには引きつった笑顔を作ることしかできなかった。
(いや、あれはラブラブとは言わないだろ? 第一、あんなの、毎日やられてみろよ? こっちの身が持たないって! それとも何か? そのうち慣れるとでも言うのか? ハァー、この家族との付き合いは長いけど、ホント、いつまで経っても、この人たちの思考回路は理解できねえんだよな……)
ちなみに、この店の店員が料理を運んでくる度に、部屋の前で注意深く中の様子を伺っていたことなど、部屋の中の4人は知る由も無いのだが。
今回の12個のお題の中で一番難しかったのがこれです。
コナンの作中にあまり敵対関係の人が出てきませんからね。最初は小五郎さんと中森警部にしようかとも思いましたが、この二人も犬猿の仲ってほどでもないですし。
ただ、もしかしたら、コナンの目線では毛利夫妻のことをそんな風に見てるのかも?ということで、こんなお話にしてみました。