「博士、そんなところで寝ていると風邪をひくわよ」
「あ、ああ……」
エアコンの送風口のすぐ下のソファーでうたた寝をしている博士の姿に、私はため息をつかずにはいられなかった。いつもあれほど、必要以上にエアコンを低く設定した部屋で寝ないようにって注意してるというのに。博士だって、それがどれだけ体に悪影響なのかってことを知ってるはずなのに……
私が地下室に向かったのは3時間ほど前、最近話題の芸能人のブログを見たいからと、博士がちょうどパソコンの電源を入れようとしていた時のことで。博士がパソコンを前にすると、少なくとも2時間は動かないから、うたた寝を始めてからせいぜい30分強ってところかしら?
お盆を過ぎたとはいえ、この連日の猛暑だし、エアコン無しで過ごしなさいとは言わないわよ。でも、博士はただでさえ太目の体型なんだし、それに、慢性的な運動不足でもあるんだから、人一倍夏バテしやすいってことを自覚して欲しい。
「そのうち自律神経や腎臓がおかしくなっても知らないわよ?」
今度はわざとさっきよりも大きな声で、少し嫌味っぽく言ってみる。
すると、さすがに博士もバツの悪さを感じるらしく、頭を掻きながら気だるそうに体を起こした。
「いやー、すまんのぉ、寝るつもりなんて無かったのじゃが、ついつい……」
「熱いコーヒーでも飲んで、目を覚ましたら? どうせ、体も冷え切ってるでしょうし」
「おお、そうじゃ」
そう言って、わざとらしく右手の拳で左の掌を叩くと、博士はそそくさとキッチンへと向かった。
「よくこんなにだらし無くて、今まで一人暮らしを続けて来れたわね……」
無意識のうちに口にした言葉が、当の博士の耳に届くはずも無いでしょうけど。
「ねえ博士、もう夕方だし、一旦、エアコンを止めて、窓を開けて外の空気を入れてみたらどう? 気温を昼間よりは下がったでしょうし、風も少し出てきたみたいだから」
「え? エアコンを止めてしまうのかのぉ?」
「ええ、そうよ」
「まだこんなに暑いというのに?」
「あら、ある程度、汗を掻いた方が体温調節もスムーズになることくらい、博士だって知ってるわよね?」
「確かに、哀君の言う通りじゃが……」
私の提案に博士は納得がいかないといった様子だけど、だからと言って反論をできるはずもなく。苦虫をかみつぶしたような博士の表情に、私は思わずほくそ笑んでしまった。
けれど、私の思惑は外れて、博士の望む通りになってしまう。
眼下に広がる光景が、私が窓を開けようとするのを思い止ませてしまったから。
「おや、どうしたのかのぉ?」
「良かったわね、博士。今日はまだエアコンが必要のようだわ」
「それは、どういう意味じゃ?」
「外は今日一番の暑さなのよ……」
「え?」
先ほどまでの私の言葉を思えば、博士が驚くのも無理はないわ。でも、博士だってあの光景を見たら、私と同じように思うんじゃないかしら。より暑さを感じそうだと。そう、まるで幼い子供たちが水鉄砲で無邪気に遊ぶかのようにはしゃいでいる工藤君と蘭さんの姿を見たとしたら。
おそらく、夕方になって少し涼しくなるのを待って庭の水撒きを始めたのでしょうけど、気が付いたらお互いに水を掛け合っていたってところでしょうね。
ちょうど西日が一番強くなる時間でもあるし、いつの間にか水撒きを止め、今度は小さな虹と戯れている眼下の二人に気付かれぬよう、私はそっとブラインドを下ろした。
「この様子だと、今年は残暑も厳しそうね」
ブラインドという言葉でまず取調室が思い浮かんだんですが、何となく博士の家を舞台にしてみました。博士に家にブラインドがあるのかは、最後まで疑問ではあったんですが……