CLOSE TO YOU

19時10分前。
待ち合わせ場所の駅前広場に、待ち人の姿は無く……。

今夜は珍しく、「たまには外で夕食を」と新一からの誘いだったのに。
ちょっとだけ、先に新一が来ていることを期待しながら、やっぱりねと、どこかホッとして小さく深呼吸をした。

約束の時間まで5分。
待ち人の姿は未だ見えず、左手の携帯電話にも音沙汰はなし。 少しずつ、諦めと不安な気持ちが募っていく……。

ふと視線を右に向けると、いつの間にか人垣が出来ていた。
彼らの視線の先にあるのは大型ビジョン。
そこに映し出されていたのは、今宵の待ち人で……。
「ほらね」
と、思わず盛大に溜め息を零した。

今夜はいつにも増して身も心も凍えるような寒さで。
待ちぼうけが決定的となった今、目の前のカフェに逃げ込もうと足を踏み出した、その時、

「どこ行くんだよ、蘭? まだ約束の時間前のはずだろ?」
「し、新一?」

きっと、この時の私は物凄く間抜けな顔をしていたのだと思う。
そんな私に新一は、いつもの余裕たっぷりの笑みで返した。

「そんなに驚くこと無いだろ? たまに約束の時間前に来たからって」
「だって、あれ……」
私が指差す先を見て、新一は納得したように微笑った。

「あれは録画したやつだって。ほら、どこにも生中継とか書いてないだろ?」
「言われてみれば」
「ったく、オメーは昔っから変に早とちりするところがあるからな」
「だって、新一、いつも約束の時間に遅れてくるから……」

新一は僅かに目を見開いて。
そして、苦笑しながら「狼少年みたいもんか」と呟いた。

大型ビジョン前の人垣はさらに増え、場違いな女の子たちの黄色い歓声が駅前に響いていた。彼らの関心の的である工藤新一がすぐ傍を歩いていようとは、誰も気付いていないらしい。

「相変わらずの人気ですこと?」
わざと嫌味っぽく小声で言った私に、新一は「バーロ」と僅かに眉を顰めてみせる。
でも、本当は満更でもないのよね?

人垣の後ろを通り抜け、タクシー乗り場を前にして、不意に新一の足が止まった。
「なあ、蘭。目的地まで歩きだと10分くらい掛かるんだけど、どうする? だいぶ冷え込んできたし、タクシーにするか?」
「ううん、寒いけど今夜は天気も良いし、歩く方がいいな。あ、でも、新一は疲れているんじゃ……」
「いや全然。蘭が歩きたいって言うなら、じゃあ歩くか」
「うん!」

いつからだろう? こうして、傍にいられるだけで幸せって思えるようになったのは。
子供の頃は当たり前のことだったのにね。

特別番組が終わろうとしているのか、遠目に映る人垣は見る見るうちに小さくなっていく。
いつまでも残っていたのは若い女の子たちで。

彼女たちの気持ちがわからないでもない。
だって、本気モードの新一は、私の彼氏だという贔屓目を差し引いても、本当にカッコいいと思うから。
キラキラと輝く青く澄んだその瞳で見つめられたら、私だっていつもドキドキしちゃう。幼なじみで、ずっと子供の頃から一緒に過ごしてきたというのに。

「今夜は雪になるかもしれないな」
私の心の内を知ってか知らずか、新一は唐突に夜空を見上げて呟く。
雲ひとつ無い夜空はいつになく暗く、澄み渡っていた。

「あ!」
「どうした、蘭?」
「流れ星……」
「まさか。こんなに明るい街中で、流れ星なんか見えるわけ無いだろ?」
「そう、だよね……」

幻だったのかもしれない。
でも、それでもいいの。
だって私のささやかな、けれど、とても幸せな願い事は一つ叶ったのだから。

「ねえ、手を繋いでもいい?」
「珍しいな、蘭がそんなこと言うなんて」
「だって、雪が降るかもしれないんでしょ? だったら、手を繋いでいたほうが暖かいかなって思ってね」

冷え切った寒空の下でも暖かく感じるのは、繋いだ手の温もりのせいだけじゃないよね?

いつになく甘えてみたのは、貴方の傍にいたいから。
ずっと貴方を感じていたいから。

澄み切った空に輝く星たちに願いを込めて ――――

Influenced song : (THEY LONG TO BE) CLOSE TO YOU 〜
『青春の輝き〜ヴェリー・ベスト・オブ・カーペンターズ』

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確か、8歳の時だったかな? 「イエスタディ ワンス モア」を合奏したのがきっかけで、留意が最初に興味を持った洋楽がカーペンターズで、それ以来、ずっと好きなアーティストなんです。この曲はとても可愛らしい歌詞なので、その辺りを意識しながら書いてみたんですが、いかんせん、書いているのが可愛らしさとは真逆の人間だからなぁ……(苦笑)。

余談。20年来、カーペンターズが好きなくせに、「CLOSE TO YOU」の邦題が「遙かなる影」だと知ったのは、つい最近だったりします(苦笑)。

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