我ながら、本当にバカだと思う。
あんなにも待ち望んでいたのに。当り前に思っていた風景が突然消えてしまい、不安に押し潰されそうな日々から、やっと開放されたというのに。
自分でも不思議だった。素直に喜べると思っていたのに、どうして、こんなにもこだわってしまうのかが……
きっと、自分でも気付かないくらいに、私の中で大きな存在になっていたんだと思う。新一とは違う、別な存在としてのコナン君の事が―――
新一の告白から3日後の日曜日、私と新一は杯戸町に来ていた。
この日、新一の事情聴取も休みだったので、私が無理を言って新一を連れ出したのだけど。
暮れも押し迫った12月、街中がクリスマスムードで一色になっている。至るところでで見られる、仲睦まじい恋人達の姿。私達はというと、ずっどぎくしゃくとしたままで……
なぜ、私がこの日、新一を連れ出したかというと、私なりに新一に罰を与えようと思ったから。自分でも素直じゃないと思うけど、どうしてもきっかけが欲しくて。そう、コナン君への“サヨナラ”を言わせてもらえなかった事が、私の心の中でわだかまりになっていて、そのわだかまりを取り除きたかったから……
だから、私は新一を連れ出す事にした。彼の嫌いな人込みの中で、これまた嫌いなはずのショッピングに付き合わせるために。
甘いとは思うけど、今の私には精一杯に考えた罰。
やっぱり、無事に戻って来てくれて、直ぐに私の元に来て話してくれた事は嬉しかったから。だから、どうしても甘い罰になってしまう。私がこんな思いで連れ出したとは、新一は知らないでいる。努めて明るく振舞っている私が、新一には不思議に見えるよう。それもそのはず、この前会った時には、二人の間に笑顔なんて無かったのだから。
私はここぞとばかりに欲しい物を買う。買った物は全部、新一に持たせてしまった。新一は何度か私に質問してくるけど、私は質問には答えずに笑ってごまかしていた。そんな私の様子に、新一もちょっと不機嫌そう。でも、自分に否があることはわかっているらしく、表情には出さないようにしているみたい。
一通り欲しい物を買い終えたので、少し遅めの朝食を取る事にした。
向かい合わせに座る。この時になってこの日、私は始めて新一の顔をちゃんと見た事に気付いた。
「ねえ、新一、正直に言ってね。今日、私の買い物に付き合ってみてどうだった?」
「どうだったって言われてもなあ……」
「いいから、言ってみて」
「そうだな。正直に言うと、ちょっとキツかったかな」
「やっぱりね。だって、新一、昔から人込みの中にいるの嫌いだもね。それに、女の子の買い物に付き合うのって、男の人にとってはつらいともいうしね」
「やっぱりって、オメー?」
「あのね、今日、新一に何も言わずに買い物に付き合ってもらったのはね、私なりに考えた罰ゲームだったの?」
「罰ゲーム?」
「そう。私、まだ新一の事、許してなかったでしょ? だから、新一の嫌がる事を罰ゲームにして、そろそろ許してあげようかなって思ってね。かなり、甘ーい罰ゲームだったと思うけど?」
「いや、結構、堪えたぞ、コレ」
「そーお? そうは見えないけど。言っとくけど、まだ怒ってるんだけどね、コナン君の事。でもね、せっかく戻って来てくれたんだし、こんなぎくしゃくしたままなんて、私も嫌だったから。だから、これをきっかけに仕方がないなって割り切る事にしたのよ」
「そっか……。何度も言うようだけど、悪かったよ、蘭」
「もう、謝らなくっていいから、ね。私も、許すきっかけがほしかったから、それが今日って訳」
「ありがとう、蘭」
「さあ、もう、こんな重苦しい話は終わり」
「ああ。ところで、この罰ゲームなんだけど、まだ続くのか?」
「そうねー。買う物はもう無いけど、今日、たくさん福引券をもらったから、その福引をして終わりにするわ」
「良かった……」
「そんなに嫌だったの?」
「まあな」
(コナン君、今までありがとう。ずっと側にいてくれて。もう二度と会えないけど、私、忘れないからね。
サヨナラ、コナン君……)
私は心の中で、ずっと支えになってくれていたコナン君に別れの挨拶をする。本人には言えなかったけど、きっと、伝わっているだろうと信じて。
昼食を終え、杯戸デパート内にある抽選会場へと向かった。私が引いたクジはどうやら3等賞だったらしく、帰り道にはもう一つ、荷物が増える事になった。それは、折りたたみ自転車で……
新一が小さな声で『バカヤロー』と言う。そう、それまでも充分な量の荷物だったから……。
私はちょっとかわいそうかなと思いつつ、結局、全部の荷物を新一に持たせていた。そう、この日は、新一の罰ゲームなのだから。
私の家に着く頃には、さすがに新一もクタクタになっていた。
「ハイ! 罰ゲームはこれで終わり。お疲れ様でした」
「フゥー。やっと終わった……」
「今日は、ありがとうね、新一」
「ああ」
折りたたみ自転車以外の荷物を玄関口まで運んで、新一は階段下に置いた折りたたみ自転車の元へとやって来る。その姿が、あまりにも疲労困憊といった様で、私は思わず笑ってしまった。
「オメーなあ」
「あ、ごめん。でも、おかしかったんだもん。こんなに疲れた様子の新一を見るのって、初めてだったから」
「あのなー。ホント、重かったんだぞ、オメーの荷物。特に、最後に増えたコイツが……」
「確かに、その折りたたみ自転車は余計だったわね」
「全くだ」
「あっ!」
「何だよ、蘭」
「私、今の今まで忘れてたんだけど……、あんた、確か、コナン君だった時、私と一緒にお風呂に入ったわよね! それに、一緒の布団で寝た事も!!」
「ま、待て、蘭。そいつは、だって、不可抗力っていうもんだろ? 第一、あん時、俺は断ったはずだぜ?」
「問答無用!」
私は、後ろ回し蹴りを振り出していた。ギリギリのところでかわした新一の手には、先ほどから文句を言っていた折りたたみ自転車がしっかりと握られていて、そんな新一の姿に私は思わず溜息をついていた。
「情けない姿ね」
「仕方ねーだろ?」
「まあ、いいわ。その事も許してあげる。確かに、あの時、私が無理言ってたような気がするし……、それに、あんたのそんな姿を見たら、怒る気も失せちゃうってもの」
「はあー、良かった……」
「それにね」
「ん?」
「それに、コナン君と初めて会った時に言った事、私、まだ気持ち変わってないから。だから……」
「蘭……?」
「じゃあさ、俺も言うけど、オメーが記憶喪失だった時に言った言葉、別におじさんの真似をした訳じゃなくて、アレは俺の本心から出たもんだから……。まあ、おじさんと同じ言葉っていうのは、どうかとは思うんだけど……」
「それって? じゃあ、新一?」
「ああ、そういう事」
そう言って、新一は私に背中を向けてしまった。
その時の私達はきっと、物凄く赤面していたんだと思う。こんな恥ずかしい事を言うつもりなんてなかったのに、無意識の内に発せられた言葉。そして、その言葉に返ってきた予想外の新一の言葉。私はただ呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
そんな私の様子を知ってか知らずか、新一はそのまま振り返らずに後ろでに手を振りながら、『じゃあな』なんて言って帰ってしまった。
どれくらい、その場にいたのかはわからない。
我に返った私は、ただ一つ残された折りたたみ自転車を手にし、自宅の玄関へと向かった。
『これじゃあ、なんか私がちょっとした罰ゲームをされたみたいだよね』
などと、自分の気持ちとは裏腹な言葉を口にしながら……
組織との対決後のそれぞれの心境を書いたシリーズ3部作?の第1弾。
留意は、この二人は改まって形で告白できないのでは?と思い、こんな告白の形になりました。
でも、一番書きたかったのは、蘭ちゃんがコナンにサヨナラを言うところだったりします。
ちなみに、このお話の小五郎さんがやけに物分りがいいのは、留意が小五郎さんを高く買っているからかな?