ビールを片手に、昨夜から持ちきりのテレビのニュースに目をやりながら、俺は先ほどの目暮警部との電話のやり取りを思い出していた。随分とデカイ事をやらかしてくれたもんだと思いつつ、まもなく現れるだろう、その男の事を考えていた。
(来たみてーだな)
「ただいま、お父さん。それと……」
「お久しぶりです」
「やっぱり、オメーが一緒か」
「「えっ?」」
予想通りというか、そこで、蘭と新一の声が重なる。
「やっぱりって、どういう事ですか? おじさん」
「それは、まず、昨日からテレビや新聞で散々報道されている横浜の大捕物。それと、昼間の電話の後、慌てて出掛けた蘭の様子。それで、なんとなく今回の件が、オメーが関わっていた事件じゃないかって思ってな。なんせ、タイミングが良すぎたから。まあ、それくらいの事なら簡単に想像が付くってもんだ。一応、念の為にさっき目暮警部殿に電話して、確認は取っておいたんだがな」
「そうでしたか……」
「新一、俺に話があって来たんだろ? まあ、とりあえずそこに座れ。それと、蘭。ちょっとそこら辺まで買い物に行って来い。どうせ、この何日間はロクに飯も食ってないんだろうから、晩飯、コイツの分も用意してやれ。それで、いいよな? 新一」
「あ、はい」
「お父さん?」
「つべこべ言わず、さっさと行って来い」
「あ、うん、それじゃあ、ちょっと行って来るね」
「おう」
そうして、蘭はそのまま出掛けて行った。新一は事務所のソファーに向かい合わせに座る。そういえば、こうやって今まで面と向かって話した事なんか、あっただろうか?と思いながら、俺は今からどう話を切り出そうか考えている新一に、皮肉の意味を込めて声を掛けた。
「あの蘭の様子じゃ、感動の再会って訳にはいかなかったようだな?」
「ええ、まあ……」
俺の意図を知ってか知らずか、新一は曖昧な答えを返す。
「そういえば、オメーの親はどうした?」
「あの二人なら、昨日の事の成り行きを見届けてから、一旦、ロスに戻りました。今回の件では、俺の知らないところで、父が動いてくれてたらしくて……。FBIにも協力してもらってたから、その関係で一度、向こうに戻るけど、2、3日でまた日本に来るとの事です。日本で事情聴取も受けなきゃならないですし……」
「なるほどな。で、そろそろオメーの話とやらを聞こうじゃねーか。どうせ、蘭がいない方が、オメーも話し易かったんだろ?」
「ええ、そうですね……。その前に、目暮警部からはどこまで話を聞いていますか?」
「そうだな。俺が聞いてんのは、今回の摘発の際に事前に情報が流れてきて、それで、そのリーク先っていうのがオメーだったという事くらいだけど」
「そうですか。では……」
そう言って、新一は事の次第を話し始めた。
新一の言う“黒の組織”との事、そして、江戸川コナンの事を……
「そんな事だろーと思ったぜ」
「えっ?」
「あの坊主は、オメーのガキの頃にそっくりだったし、何よりも、あいつの行動、言動はオメーそのものだったからな。ただ、そんな話がこの世に存在するんだろーかと思ってたから、だから、頭で否定し続けてただけで……」
普通なら到底信じられる話ではない。けれど、俺はどこか新一の話に納得していた。
「で、その辺の事だな、蘭の機嫌が悪い理由っていうのが…」
「はい……。蘭は江戸川コナンとしてみんなを騙していた事は許してくれたんですが……。ただ、せめて、コナンには“サヨナラ”くらい、言わせて欲しかったと言って……」
「蘭らしいと言えば、それまでだが……」
「おじさんは、僕の事を怒らないんですか? どう言われても仕方がない事をしてた訳ですし……」
「ああ。2、3発、ぶん殴ってやりたいよ。オメーは、いや、コナンは本当にクソ生意気なガキだったし、それに、あんだけ蘭に心配を掛けたんだ。殴るだけじゃ、気が済まないかもな。けど、俺はオメーが必死に蘭を守ろうとしていた姿も見ていた訳だし……。あんな小さな体で、頑張ってたお前の姿をな」
「本当にすみませんでした」
「まあ、後は二人の話っていうか蘭次第だろうな。俺にも言いたい事は山ほどあるが、今回は、あえて何も言わないでいてやっから。ところで、新一。オメー、まだ、俺に話す事があるんだろ?」
俺には、常々疑問に思っていた事があった。推理中の記憶が全くと言っていいほど、無かったからだ。なんとなくいつもその場の雰囲気に合わせて、ごまかしてはいたのだが……
「“眠りの小五郎”の事ですね。……すみません。実は、犯人がわかった時点で、麻酔銃を撃って、おじさんに眠ってもらってました。そして、その間に、僕が変声機を使って、おじさんに成り代わって推理を述べていたんですが。本当に、すみません……」
「麻酔銃に、変声機だとぉ?」
「はい。みんな、阿笠博士に用意してもらったものですが……」
「アハハハハ。もう、笑うしかないな。ったく、オメーって奴は。ホント、どーなってんだか……」
「重ね重ね、すみません。それで、モノは相談なんですが……、まあ、僕がこんな事を言えた道理じゃないって事は、わかってるんですけど……」
「もう、ここまできたら、なんでも話しやがれ!」
「はい。では、お言葉に甘えて。実は、この“眠りの小五郎”の話は蘭にも話して無い事で、今後も、誰にも話すつもりはありません。幸い、このからくりを知っている人物は数が限られていますし……。それで、おじさんにも口外しないで頂きたいんです」
「それは、俺に気を使っての事か?」
「それも、もちろんあるんですが、麻酔銃を何度も撃ってたなんて知れたら、僕は傷害罪どころか殺人未遂罪に問われかねないですし……。だから、僕が、コナンが事件現場でチョロチョロしながら推理にヒントを出していて、そのヒントを元におじさんが推理していたっていう事にしてもらえませんか?」
「アハハハ。殺人未遂罪とは、そいつはおもしれ−な。まあ、わかった。オメーの話に合わせてやるよ。その方が俺にとってもいいみてーだしな」
「ありがとうございます」
「ところで、おめー、まさか、蘭にまで麻酔銃を?」
「蘭にはありません。ただ、園子には……」
「オメーって奴は……。あの鈴木財閥のお嬢様にとはな。で、そのお嬢様には言うのか?」
「いえ、園子の場合は黙っておこうかと……、あいつの場合は、こんな話をしてしまったら、後々恐ろしい事になりそうだし。それに、おじさんの事もバレかねないですから」
「ハハハ、そりゃそうだな」
この時の俺の胸の内は一言では言い表せない。
元々、俺は、この目の前にいる工藤新一という男が大嫌いだった。まあ、古くからの友人の息子でもあるし、ガキの頃から良く知っているが、コイツはガキの頃から生意気で、ずっと嫌いだった。高校生のクセに俺と同じ探偵などして、なおかつ、俺より有名になり、世間から名探偵ともてはやされていたし、それより何よりも、大事な娘の蘭の側にいつも当り前のようにいて、そして、今回は蘭を泣かせ続けていたのだから……
けれど、今の俺には以前のような嫌悪感は無い。
ただ単に、俺がコイツの事を認めたくなかっただけじゃねーかと、そんな気持ちになっていた。
「そろそろ、蘭も戻ってくるだろう。さっきも言った通り、オメーらの事は、今回は口出すつもりはない。ただ、一つだけ、新一、オメーに言っておく」
「はい」
「もう二度と、あんな思いを蘭にはさせるな。絶対だぞ!」
「はい!」
真っすぐに俺の方を見て、新一は返事をする。その瞳には一点の曇りも無かった。
「オメー、随分と顔付きが変わったな?」
「はっ?」
「前はなんて言うか、ただただ、生意気で小憎たらしい顔をしてたけで……」
「小憎たらしい顔って……」
「今は、落ち着いたというか、男らしい顔付きになったよ。まあ、オメーも相当、今回の件で堪えたんだろう。ガキの姿になって、色々見えなかった事も見えるようになったんだろうし、少しは成長したって事かな」
「……」
「おっと、蘭が帰ってきたみてーだな」
「ただいま」
タイミングよく事務所のドアが開いた。蘭はそのまま上の自宅へと向かう。俺と新一は、そのまま事務所で今後の事情聴取の予定について話を続けた。数日後には、俺や蘭も含めた関係者を集めて事件についての説明がされるらしい。事件の捜査には今後まだ数ヶ月は掛かるらしいとの新一の言葉に、俺は改めて、今回新一が追っていた事件の大きさを知った思いがした。
一時間と経たなかっただろう。三人で夕食を取る。つい、この間まで当り前だった風景。ただ、前とは違って、コナンではなく新一の姿ではあったが…。この背格好の違う二人が同一人物だったんだよなと思いつつ、なんとも言えない不思議な雰囲気の中での食事だった。