新しき米食文化の創造(前編)

記録:平成17年7月 8日
掲載:平成17年8月 2日

栗原市志波姫の農家 菅原

 いつの頃だか高奥君が仙台の環境シンポジウムに行き、「農村の環境向上を考えるのであれば、米価の下落に歯止めをかけるようもっと米を食うべし。」などと啖呵を切ってきたと、俺に鼻高々に告げたことがある。高奥君の言うことは立派であるが、しかし俺は知っているのである。奴が朝飯を食っていないことを。
 「米を食え」と他人に説教する割に、その本人が朝飯を食わず、結果として米消費の拡大に貢献していない。彼の体重は80kgほどであるから本気を出せばもっと米消費拡大に貢献できるはずである。もっとも、そうは言っても、俺も他人に「日本人は米が良いです。」などと偉そうなことを言うほど立派な人間でもないのも事実である。
高奥君、只今演説中
仙台市で開催されたセミナーにて

「農薬の使用を減らし、もっと農村の環境を向上しよう。」そう主張したところで、米の消費量が減少し、米価が低迷している現状を考えれば、労力負担の大きい「農薬を使わない水稲栽培」も拡大し難いわけであるし、そもそも「あわよくば無農薬水稲栽培」の俺にしたって、数年前まで「有」農薬水稲栽培をしていたわけであるから、農薬を使いたくなくても、やむおえず農薬を使わざる得ない農家の方々の気持ちも良くわかるのである。
 そんなことを考えていると、高奥君が「R−1」グランプリなどと、「メールでする米消費調査」をやり始め出した。消費者の方々に自分の米消費量を意識してもらうのが目的なのだそうである。
米粉で作ったドーナッツ、ピザ、
グラタン、デザート団子
 高奥君もいろいろ考えるもんだなと感心していると、今度は「米粉クッキング」なる企画を提案してきた。
 曰く「米消費量の拡大のためには、ご飯だけに頼ってはいけない。これだけ食生活が多様化しているのだから、もっと多様な米消費方法を考えるべきである。」とのことである。
 というわけで、この「米粉クッキング講習会」に「田んぼ講師」として、仙台に行くことになった。
 7月9日、今回の米粉クッキングの料理講師である菅原啓子さん(俺と同じ菅原であるが、親戚縁者というわけではない。)と高奥君とで、俺の自家用車により仙台市高砂に向かった。道中、車が多賀城付近を通過する頃、高奥君が周りの風景を眺めながら、妙なことを口走り始めた「栗原郡・・・ではなくて栗原市とはずいぶん違う風景だな。周りが全部建物ばっかりだ。」。
ラベンダーの会も編集に
携わった生ゴミリサイク
ル教本
もっもな感想ではあるが、しかし今更なんでそんな事に驚かねばならないのか、そう思い奴に質すと、「いや〜、なんというかですね、こんな田んぼが全然ない街で生活する人間は、俺達みたいな農村で生活する人間と「田んぼ」を見る視点も違ってくるのではないかとね、そんなことを考えていたのですよ。」
 「なるほど・・・」俺もそれを聞いて同じ思いを抱いた。俺のよう田んぼで生活の糧を得る人間がいる。そして高奥君のように趣味の一環で田んぼにかかわる人間もいる。さらには日常の風景に田んぼがなく、非日常の風景として田んぼを眺める人間だっているわけであり、それぞれが眺める田んぼは、そ
れぞれに違う表情を見せているはずである。
 今回の講習会の場所である「高砂市民センター」に到着したの
は正午過ぎである。ちなみに、今回の講習会が実現したのは、岡野さんという、仙台市の生ゴミリサイクル団体「ラベンターの会」を主催している学童保育の指導員の方にご尽力いいただ結果である。
 
只今受付中、この時点では、あんまり
米粉講習会に積極的ではなかった。
ちなみに岡野さんは高奥君の知り合いで、彼が趣味の海外支援活動で知り合ったとのことである。岡野さんは田尻町の冬期湛水(ふゆみずたんぼ)農家の斉藤氏が主催している「田守村」のメインサポーターでもあり、日本雁を保護する会の呉地さんとも大学の同級生とのことだから、人間関係というのは食物連鎖の如く様々に関係しているものである。
 
                             
以下(後編に続く)

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