木漏れ日に映る田んぼ

記録:平成18年6月17日
掲載:平成18年7月 4日

チーム田力の高奥

 数年前から耳にすることの多くなった平成の市町村大合併だが、宮城県では旧小野田町と宮崎町が合併して成立した加美町を始めとして、栗原市、登米市、石巻市、大崎市といった比較的規模の大きな市町村合併も相次いだ。
 合併する町、しない町、それそれに地域毎の事情はあると思われるが、なぜか宮城県での市町村合併は仙台市以北に集中している。なぜこのような偏りが生じているのかは不明であるが、宮城県の地図を広げてみれば、なんとはなくその理由が分かるような気になる。小高い丘陵に分断された仙台市周辺や仙台以南の地域に比較し、北部地方には広々とした平野が広がっている。そういった地形の違いが市町村合併にも少なからず関係しているようにも感じられる。
 さて、私は平成18年4月に仙台市に引っ越したが、「稲と雑草と白鳥と人間と」活動のため、しばしば北部地方の栗原市や、大崎市に出かけることがある。この場合、国道4号線を利用するのが最も基本的なルートとなるが、このルートは仙台市の混雑をまともに被るため、日中に利用するのは得策ではない。そのため仙台市から栗原市や大崎市に向かう場合は、もう少し東側に迂回する裏ルートを利用する場合が多い。
 この裏ルートを通り、仙台市から車で40分ばかり北に行くと「大郷町」を通過する。この町まで来ると、仙台市北部の丘陵地帯がようやく途切れ始め、そして広い水田地帯が開けてくる。それでももう少し北に行くと再び丘陵地帯が続いていくので、この大郷町はまだ、宮城北部地方と言うより仙台周辺地域の地形に分類されるかもしれない。ちなみにこの水田地帯は、かつて「品井沼」呼ばれた沼地でもあった。
高橋水田を潤すため池、この直下流に
高橋水田がある。

 この大郷町で冬水田んぼに取り組んでいる農家がいる。過去に企画した「冬水田んぼツアー」に参加いただいた高橋さんである。私は県北へ向かうドライブ中、大郷町を通り過ぎる度に高橋さんに挨拶に行かねばと、そう考えていた。やはり知人の「田んぼ」を素通りするのは、なんとなく不義理を働いているようなで気になってしまう。高橋さんはこの大郷町の中山間地で、冬水田んぼに取り組んでいるのであった。
 私の携帯に電話があったのは、6月3日のことである。このHPを見て、そして私が仙台市に引っ越ししたのを知った高橋さんが電話してくれたのであった。
 この電話を受け、私は、
「ちょうど来週末頃にお邪魔しようと思っていたところなんですよ。」と、以前から高橋水田の訪問を予定していたよう応じたが、もちろんこれはとっさの機転であって、高橋水田を素通りしていた自分の不義理を恥じる言い訳でもあった。
 が、なにはともあれ、これで高橋水田を訪問するきっかけができたので、これはこれで良しとしたい。
 6月17日、晴天に反射する青葉の輝きに目を細めながら、里山の森林に挟まれ、沢づたいに細く伸びていく高橋水田に赴いた。
 高橋さんは、除草作業をしていた。志波姫の菅原さんにしても、田尻の斉藤さんにしても、今年は「除草作業」が冬水田んぼのテーマであるようだ。これは冬水田んぼの経験年数が増えるにつれ、トロトロ層による雑草抑制効果の程度が知れ、雑草との間合いが図れるようになったことが大きいように感じる。
 高橋さんは、笑顔で私を迎えてくれた。
除草機

「クログワイも、コナギも発芽してるよ、でも去年より遅いかな。」
 本年度の4〜月は気温も日照時間も、昨年より大幅に下回っている。このため雑草の発芽は遅れているのだろうが、晩期栽培が主流である冬水田んぼの多くは、たいたいが昨年と同じ5月中旬以降に田植えをしている。このため雑草の発芽は遅いが、しかし田植えは昨年と同時期になっている。この生育の差が農薬を使わない稲作にとって凶とでるのか吉とでるのか。考えてみれば稲作とは、毎年の気候変化を睨みながらの博打のようなものなのかもしれない。
 水田の水に目を向けると赤茶けた色に濁っていた。私はその色を見ながら。
赤茶色に濁った田面水

「クズダイズですか、コメヌカですか?」そう質問すると
「どっちも、田植え直後に反当80kg施肥した。」と高橋さんは答えた。そして
「有機稲作は小区画の田んぼがいいね、田んぼの中を歩かなくても、畦を歩くだけで田んぼ全面に肥料を散布できるからね。」
 クズダイズやコメネカを施肥すれば、その有機物が分解する過程で有機酸が発生する。これが発芽したての雑草を腐らせて雑草を抑制する。田んぼの水の色が赤茶に濁るのは、こういった有機肥料の施肥によるものである。もっともこの有機肥料は雑草を腐らせるだけでなく苗も弱らせることがあり、高橋水田でもいつの間にやら欠株が増えていたとのことであった。このため、冬水田んぼでは、慣行栽培のものに比べ、より大きく成長した苗を用いるが望ましい。いわゆる「成苗」というやつだである。
浮草に覆われた田面、この浮草は考え
方一つで益草にも害草にもなる。
 この有機肥料を田んぼに施肥するのは一苦労である。高橋さんは反当80kg(80kg/10a)施肥したとのことだが、高橋さんの冬水田んぼは80aあるはずだから、合計で640kgの有機肥料と20kg近くある動力噴霧機を背負いながら、施肥した計算になる。
 これだけの重量物を人が背負い施肥するためには、できるだけ足場の良い畦路を歩きたくなる。しかし動力噴霧機が有機肥料を噴霧できる距離はせいぜい十数m程度であるから、田んぼの区画が大きければ、どうしても土のぬかるむ田んぼの中を歩かねばならないのである。この点について、高橋水田は小区画であり、好都合であった。

水田区画毎の動力噴霧器散布可能範囲
50a区画

 50a区画、平成以降に区画整理(ほ場整備)された水田の一般的区画で農作業受委託の推進を意図した規格である。
30a区画

 30a区画、昭和40年代以降に区画整理(ほ場整備)された水田の一般的区画で個別農家毎に効率的な農作業が行い易い規格である。
20a区画

20a区画、昭和20年代平成以降に造成された水田で干拓地や開田地帯に多い規格である。
10a区画

10a区画、明治以降、昭和初年頃までに耕地整理により整理された区画。
(注)動力噴霧機の散布範囲は、畦畔から10mと想定

 私はもう少し雑草の状況と対策について聞いてみることにした。
「12月の代掻きは今年もしたんですか?」
「今年はやめた、その代わり田植え前に日を置いて数回にわけて代掻きした。コナギを発芽させて、そして代掻きするから、コナギ対策にはなってるね。ただクログワイが出てきている。」
 そう言いながら、高橋さんは田んぼの中に手を突き刺して、細い一本の草をひっこぬいた。私はその雑草を手に取り、茎をつぶすと中から節が出てきた。間違いなくクログワイである。
コナギの芽

「クログワイですか・・・」
菅原水田で課題となっているクログワイであり、斉藤水田でも、この雑草が数多く発芽し始めたとのことである。コナギのように一気に広がる雑草ではないが、田んぼの中に確実に占有区域を広げていくため、冬水田んぼ最大の驚異と考えている。
 クログワイは田んぼの深い場所にある球根から発芽するため、除草機もそれほど効果を発揮しないはずであり、むしろ除草により発芽を促進させるとの話もあるからどうにも手に負えない。
 次ぎに高橋さんは「オタマジャク除草」について教えてくれた。どういうものかと言うと田面の土をオタマジャクシがかき回すことで、雑草の芽を活着させず、水に浮き上がらせる効果のことである。つまり鴨や、鯉が土をかき回して除草する「合鴨農法」や「錦鯉農法」と同様に、オタマジャクシにも除草効果があるという考えだ。ただし、鴨や鯉は雑草を食べ、そのこでも除草効果を発揮するが、オタマジャクシは雑草を食べない。
クログワイ

 冬水田んぼは早春期にも田んぼに水が張ってあるので、そこがアカガエルにとっての絶好の産卵場所となる。また農薬を使わずに稲作することで田んぼの中に藻類が増え、これが餌となり、なおさら田んぼにオタマジャクシが増える。しかも土は流動性著しいトロトロ層であるから、オタマジャクシのような小さな体でも、それが泳ぐことで表面の土はかき乱され、そして雑草の活着を阻害する効果は大きくなる。この効果はオタマジャクシだけでなく、ドジョウなどにも期待できるであろう。もっとも、その効果が実際の稲作にどの程度有用であるかは、はっきりしない。
 私は、高橋さんのオタマジャクシ除草の話しを聞き
「でも、実際に除草されてますかね。」そう質問してみた。
「除草している。ここ最近、水に浮いてる雑草の芽を良く目にする、これはオタマジャクシ効果だと思っている。」
「雑草の芽、水に浮いてましたか!」
「結構、浮てるよ。」
トロトロ層には雑草の芽が活着するのを阻害する効果がある。これは理論的にはありうると考えてはいたが、実際の現場での実例は未だ耳にしたことがなかった。正直、今回初めて耳にしたのである。やっぱっりいろんな田んぼの話を聞いてみるものである。
 高橋さんは続けた
「もっともね、それだけで十分な除草ができるはずもないし、だから今日は田んぼで除草機押しているわけだけどね。」
「除草機押さないでも、トロトロ層やオタマジャクシの除草である程度は除草できるのだろうが、だけどやっばり収量にこだわるからね、除草機押さなくちゃならない。いまのところ反当でササニシキ8.5俵、ひとめぼれで6.5俵。これに、もう1俵程度は上乗せしたい。」
 一般的に分株の旺盛なササニシキはひとめぼれより反収量が多い。ただし、ササニシキは分株が旺盛すぎて倒伏のリスクが大きいのが難点である。
日陰部分は稲の生育が遅れるので、
これを解消できないか検討中
 田んぼ脇の狭い作業道に停車した軽トラ、その道に沿ってせせらぎががながれ、そして杉林が広がっている。その軽トラの荷台に腰掛けながら、高橋さんは収量の話を続ける。
「やっばりね、収量にはこだわりたいよ。収入でなくて収量ね。」
「4番バッターは打率、サッカーはシュートの数、ボクシングはKO率、それで農家はね、やっばり収量で評価されるんでね、だから周囲の農家を納得させるには、収量がなくてはいけいない。」
「周囲の農家ですか・・・」
「そう、周囲の農家。これは大事だよ、一人で出来ることは限られる。消費者金融のCMみたいにね「一人で出来た」というわけにはいかない。」
 冬、通常の田んぼは水を抜く、水が無いから抜くのではない。稲作のために積極的に田んぼを乾かすたろである。ところが、冬水田んぼは田んぼに水を張る。このため、冬水田んぼを行う際は、周囲との農家の関係にも十分に配慮しなければならない。
 このあたり周囲との関係に微妙な間合が生じるが、私を含め農家以外のものにはとって、この間合いをリアルに実感するのは難しい。が、それでも、この間合いを会社内や町内会などの人間関係に置き換えて考えてみれば、おおよその想像はつくであろう。
「冬水田んぼはね、防火にも役立つんですよ。」
 
イナミズゾウムシの食害を受けた稲葉
高橋さんは、新しい冬水田んぼの効果を延べ始めた。この効果は気がつかなかったが、「冬水田んぼ」に「防火」というキーワードを加えるだけで、その意味するところは容易に想像できた。ただし「防火」というキーワードを思いつかなかったのは、私が農村集落で生活していないからである。
「冬、水路にはあんまり水が流れてこない。このあたりは沢が水源だからね、防火水槽が近くにあればなんとかなるが、これだってどこにでもあるわけではない。」
「そこで冬水田んぼの水を降ろし、これを水路に流す。そして消防車のポンプでキャッチするわけだ。」
 この話を聞き、早速私は頭の中でシミュレートしてみた。高橋水には80aの冬水田んぼがある。これから水を降ろして防火用水にする。ただし「火事」であるから事態は急を要する。全ての田んぼから水を降ろすだけ時間は無い。それでも田んぼ2枚程度から水を降ろすだけの時間はあるだろう。面積にしておおよそ20a(2000u)、迅速に降ろせる田んぼの水深は2cmくらいか。
 となれば、その防火用水量は
      2000m2×0.02m=40m3
程度になる。これは一般的な防火水槽と同程度の水量である。もっとも水路を経由して火災現場に運ばねばならないから、到着時間と流量も検討しなければならない。これは水理計算で算定できるので、後で計算してみようかと思う。地形条件にもよるだろうが、なんにしても冬水田んぼは防火用水にも有用であるようだ。
 私は大郷町の高橋水田に来て良かったと思
米国伝来のイネミズゾウムシ
った。冬水田んぼには学者の方々も多く参入している。こういった方々は生き物の分類や調査の精度が得意であり、その話は勉強にもなる。そして「世の中はかくあるべし」みたいな話も情熱的にしてくれるが、しかし防火用水のように「実際に役に立つ」話はあんまり聞いたことがない。
 こういった発想や視点についは、やはり実際に現場ど取り組む経験者の話を聞くべきなのであろう。そう考えさせるのであった。
 私は、再び田んぼの稲に目を向けた。するとまだ小さい稲葉に白い斑点があちこちに生じているのに気が付いた。
「害虫のドロオイムシですか?」そう聞くと
「いやイネミズゾウムシ、今年はドロオイムシは少ないね。」
高橋さんは笑って応えた。やっぱり私の知識はあやふやなのである。
「このイネミズゾウムシなんだけど、観察しているとアメンボが捕食していく。オタマジャクシにしてもアメンボにしても、そういった生き物が無農薬で増えた。無農薬で害虫も増えてるだろうが、益虫だって増えている。」
 「アメンボ」を益虫、そう考える人はほとんどいなかったと思う。これにしても、実際に農薬無しで稲作し、そして田んぼを見つめることで、始めて出てくる発想であろう。
 仙台に来て、早くも3ヶ月が経過している。私もこの仙台の地の利を活かしながら、できるだけ多くの田んぼを見てみたい。木漏れ日が反射する田んぼの水面を見つめながら、そう考えた。



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