除草機を押す

記録:平成18年6月17日
掲載:平成18年7月14日

栗原市志波姫の農家 菅原


[アドレス]携帯メール
[発信]菅原秀敏
[題名]泥泥層
[内容]女装中につき、本日は参加できず。


 これは田尻の斉藤家に向かった高奥君に送信したメールである。運転中の彼はこれを見て、事故を起こしそうになったそうだ。仙台からの長い道中、安全運転を心がけていただきたい。
 それにしても、彼は本気で俺が女装していると思ったのだろうか?
 高奥は斉藤家に到着するなり、
「なんだか良くわからないけど、菅原さん、今日は女装するんだそうですよ。」そう斉藤君のおっかさんに訊ねたそうだ。
 それを聞いておっかさん、少しは動揺の気配を見せると思いきや、「菅原さんね、最近「ジョソウ」に熱心だね。いろいろ研究しているみたいだしね。」などと、当然のように答えるのである。
 高奥くんは「研究」という言葉に少なからずおののきを感じながら、「・・・研究!?・・・ですか・・」そう訊くと、
「やる気満々だね。」とおっかさんは感心したように答える。
 高奥君はだんだんと顔が青ざめ、そして遠慮気味に
「・・・40歳過ぎて目覚めてるんですか・・女装に・・・」
そう訊ねるのであるが、しかし斉藤母子は
「目覚めたね!」と、ビシャリと返すのであった。

 改めて説明するまでもないだろうが、「女装」とは「除草」の誤変換である。世の中、ワープロが普及して、直筆で文字を書く機会も少なくなり便利になったが、その一方で、こういった単純ミスが増えてきた。
 それにしても、高奥くんが、ここまで「除草」の誤変換に気が付かなかったのは、それだけ俺と除草が結び着かなかったからなのかもしれない。ちなみに「40歳過ぎて」は余計である。
 今年、俺は除草することに決めた。くどいようだが「女装」でなく、「除草」である。
 先日、斉藤水田に行き、俺は斉藤君虎の子の除草機を拝見させていただいた。彼は朝早くから田んぼに出て、毎日のように除草機を押し続けた。「早く押さねば・・・菅原さんが田んぼで待っている。」斉藤くんはそう考え、毎日除草に励んだそうである。
 これを聞き、俺は田植機を田尻に運び、そして斉藤君達に耕さない田植えをサポートしてたかいがあったと思った。持つべきものは友なのである。それで、俺は斉藤くんから除草機を借り、自分の田んぼを除草することにした。
 「あわよくば、無農薬水稲栽培」そう考えたのが平成15年、そして平成16年には「できるだけ田んぼを自然のままとする。」そう考えた。このため俺の田んぼでは、冬の田んぼに水をかける以外には、耕起「無し」、代掻「無し」、農薬「無し」、肥料「無し」、除草「無し」と、次々に「無し々」レコードを追加してきたが、平成17年には収量「無し」まで加わりそうになって、平成18年は考えを改めることにした。とりあえず「代掻」は「無し」から「有り」とし、「除草」についても今年は「無し」から「有り」にするのである。
 俺は3年もの間、冬に水をかけ、そして耕起せず、そして水田のトロトロ層を涵養してきた。しかし今春、雑草の発芽を抑制し、収量「無し」稲作を回避するため、やむおえず簡易な代掻きを半分ほどの田んぼで実施した。耕起しない稲作を始めて、十数年ぶりの代掻きであったたが、感無量・・・というほどのものでもない。この部分、既に割り切りができている。
除草機通過前(稲の条間にたくさんの
ヒエが発芽している。)

 いずれにしてもこのような「無し々の田力本願」稲作を継続できたのは、冬の田んぼに水をかけることで、田んぼの表面に形成されるトロトロ層のおかげであり、だから俺はこのトロトロ層に心底感謝している。
 しかし、俺もそろそろ、このトロトロ層の効用から独り立ちしなければならないのである。そう考え、今年は除草にチャレンジすることにした。
 6月24日、ついに俺の田んぼに除草機が「入水」する時が来た。「トロトロ層よありがとう。これからは俺が雑草を抑制する。」そう田んぼに告げ、斉藤君から借りてきた除草機を田んぼに入れた。
 思いの外、作業は順調に進んだ。そういえば、斉藤君曰く、この除草機は、田面にトロトロ層があるのを前提に設計されているとの言葉を思い出した。
 
除草機通過後、一見してヒエが無くな
ったように見えるが、数日経てば、
しぶとく姿を現してくる
トロトロ層は、その流動化著しい物性で、雑草の根を文字通り「地に足のつかない」状態にさせる効果がある。この状態で除草機をかければ、なお、雑草は「地から足が浮き易い」状態になるであろう。
 則ち、トロトロ層の抑草効果に見切りをつけ、そして除草作業を取り組むにしても、なお俺の田んぼはトロトロ層の恩恵を受け続けている理屈になる。 「そうか・・・トロトロ層はまだ田んぼでがんばってくれてるんだな。」。俺は何食わぬ姿で、呑気に水面下で体を揺らしているイトミミズ諸君のことを思いだした。このイトミミズはトロトロ層の「生産者」である。
 順調に進んだ除草作業であるが、作業をしていると、課題も見えてきた。それはアオミドロやサヤミドロの存
現在除草作業中
在である。冬の田んぼに水をかけ、農薬を使わないと、こういった藻類が増える。
 この髪の毛を束にしたような藻類は、田面に日光が届くのを遮るため、浴草効果があると言われることもある。しかし機械で除草作業を行う場合、除草歯車が藻類をひっかけてしまい、それが稲を引っかけて、倒してしまうことがある。
 「トロトロ層共生型の除草作業、しかし課題はある・・」俺は除草機を押しながら、この除草作業に対する新たな「研究心」に
とりつかれ始めていたのであった。



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