秋保の奥にある田んぼ

記録:平成18年7月 9日
掲載:平成18年7月24日

チーム田力の高奥

 「「要害」とは土地が険しく守るのに良い場所である」。
 今回、川崎町の冬水田んぼ訪問記を記すに当たり、最初にこの「要害」という言葉の意味を辞書で調べることにした。川崎町は、仙台市の南西に位置し、蔵王山麓の麓にある。
 この町は伊達政宗の密命を帯び、欧州に赴いた支倉常長のゆかりの地として名高いが、もう一つの歴史的特徴として、伊達藩に対抗する最上藩の進路を塞ぐ「要害」の地としての役割があった。
 要害とは、先に記したとおり、「土地が険しい場所」であるから、簡単に言えば山の峰が連なる渓谷地帯のような場所であろう。
 今回、訪れた冬水田んぼは、まさにそういった渓谷や峰々を眺める要害の奥にある。途中、秋保の温泉地を抜け、渓流を左手に眺めながら、さらに尾根筋を登っていく。
吉田水田、水の流れは清浄である。

 小雨模様の下、迫り来る峰から霞が昇る。その下に「田んぼ」はあった。田んぼの畦には、一人、雨合羽を被った女性が稲を見つめていた。ここで冬水田んぼに取り組む吉田さんである。
 「今年復田したばかりなんです。」
 吉田さんが取り組む冬水田んぼは、2〜3年休耕してあった水田を復田したものだそうだ。彼女は、そう告げると、ゆっくりと田んぼに入り、長靴で田んぼの土を踏みしめた。すると2センチぼどの気泡がいくつか浮き上がってきた。
 「結構、ガスが出てるでしょ。硫化水素ですよね。」
 水田に水を張ると、卵の腐ったような臭いのする硫化水素や、二酸化炭素の20倍もの温室効果を持つとされるメタンガスが発生する。こういったガスは土壌中にある有機物の分解過程で生じるので、同じ稲作をするにしても、有機物投入量の多い有機栽培のほうが、より多くのガスが発生することになる。吉田さんの水田も有機栽培であり、そのためガスが出てくるが、しかしそ気泡の量は、彼女が心配するほど、多量ではないと感じた。
「この程度だったら、ガスが出てないのと同じようなもんですよ。県北の冬水田んぼに来てください。もっと盛大にガスが出てきますから。」
 
浮き草に覆われた田面、欠株を少なく
するのが、来年の課題とのこと。
それを聞き、吉田さんは安心したような表情を見せた。
 水田から発生する硫化水素は、稲の根を傷めることがある。これが「秋落ち」現象をもたらし、かつては稲作における重要課題の一つとなっていた。これの著しい水田は老朽化水田と呼ばれ、土壌中の鉄分減少が原因とされている。
 私は、田んぼの稲を見て「いい感じですね。」と、若干の社交辞令を加えながら感想を述べた。田面は綺麗に浮き草で覆われ、小雨空が、その緑を幻想的に彩っていた。そして雑草がほとんど見えない。これは吉田さんがまめに手取りで除草しているためで、小面積だからできる作業である。この田んぼの面積10a程度であろうか。
「ガスコンロで鍋を煮立て、これで種籾を温湯消毒したけど、水に浸しておいた籾を使ったので失敗しました。乾燥させないと発芽率が悪いそうです。それで酵母菌で滅菌し、苗は5.5葉まで育てましたよ。」
 「5.5葉!?」県北の冬水農家がやりたくてできないことを、いとも簡単そうに実現している。冬水田んぼ始め、農薬を使わない稲作においてはできるだけ苗を成長させる、いわゆる「成苗」の苗作りが課題となるが、だいたいは3葉程度で断念するのが通常である。
 これをガスコンロで種籾の温湯消毒を試みようとするくらいの初心者が3葉はおろか、5.5葉まで育苗を実現しているのがすごい。
「すっげ〜じゃないですか。」今度は、嘘混じりっけなしにそう感じた。なるほど、稲の姿が良いわけである。
 私は、感心しながら、いつもの如く、田んぼの土に手
大滝自然農園水田
を入れてみると、青草がたくさん出てきた。それを見て
「復田したばかりだから?」そう聞くと
「いいえ、畦刈りした草を田んぼに入れてるんです。白鳥さんもそう言ってましたよね?」
 吉田さんは、昨年に企画した「冬水田んぼツアー」に参加している。白鳥さんは、そのときに参加した築館の冬水農家で、その経験数、稲作に対するこだわりについては、冬水農家から一目置かれている。そしてそのツアーで、吉田さんが真剣に白鳥さんの話に耳を傾けている姿を思い出した。
 私は彼女が白鳥さんの方法を実践しているとの話を聞き、「冬水田んぼツアー」を企画して良かったと感じた。
 吉田さんは、昨年から秋保の大滝自然農園で有機農業の研修を行っている。この大滝自然農園も無農薬による稲作をしているとのことで、せっかくなので案内してもらうことにした。
 
条間がコナギに覆われているが、これは
雑草対策を施さない場合の典型的無農薬
水田の姿と言える
「これがあるべき姿の無農薬水田である。」、大滝自然農園水田に到着するなり、最初の私の言葉がそれであった。
 稲の条間にビッシリとコナギが発芽している。農薬を使わず、そして適度に田面を露出させれば、だいたいの田んぼは絨毯のようにコナギが発芽してくる。
 これを見れば「期待するほどでもない。」そう言われ始めた冬水田んぼの抑草効果を改めて実感させられる。
 それでも水田の1/3くらいは、草の少ない部分があった。おそらく水深が深く、コナギが発芽し難かった場所であろう、それを吉田さんに訊ねると、
 「手取りで除草したんですよ。」と応じた。
 それを聞き、がんばるなと感心していると、
 「草取りの仲間は多いんです。」とのことである。
コナギに混じり、ヒロムシロも見られ
る。このヒロムシロは最近ではあまり
見ることの出来ない雑草である。

 聞けば、大滝自農園では、障がい者を雇用し、農作業してもらっているとのことだ。
 「一人でね、草取りしてると長続きしないけど、話相手がいれば割と苦にならないですよ。」
 私は、それを聞き、障がい者の方々の働きぶりはどうかと訊ねた。
 「結構、一生懸命ですよ。何人かで一緒に仕事をしてるので楽しそうですね。農業は屋外で体を動かす仕事だし、ポットの土入れや草取りみたいに、おしゃべりしながら、気軽にできる仕事が多いので結構いいみたい。特に草取りは人数が必要だから、助かってますよ。」
 障がい者の方々が草を取ることで、農薬を使わない稲作ができる。そして農薬を使わない作物を求めている人達の思いを実現することができるわけだから、彼らの働きは、誰かの思いを実現するための「力」になっているのである。人間の尊厳にとって、これ以上の
吉田さんの田んぼに向ける眼差しは真
剣である。
行いは無い、そう感じた。そして私は、それを実践している大滝自然農園のことをうらやましく感じた。
 私は、もう一度吉田さんに問いかけた、
「それにしても女性一人で、よく農業を始めましたね。」
 それを聞くなり、吉田さん
「男女協同参画社会でしょ!、魅力的な職業だと思って選択したんです。」
 その通りである。そう心の中でつぶやき、そして新たな「友」が出来た、そう思った。



[HOME]
 

[目次] [戻る][次へ]