in Los Angels

バーバンク空港、到着ロビー。

「新ちゃーん、蘭ちゃーん。こっちよこっち!」
「いい加減にしろよ、母さん。そんな大声で呼ばなくたってわかるから。ほら、蘭だって困った顔してるだろ。第一、恥ずかしいじゃないか!」

有希子の呼ぶ声のあまりの大きさに、新一と蘭は驚きよりも、困惑の表情を隠せずにいた。

「なーに、せっかく私が迎えにきてあげたのに、二人とも迷惑だったって言うの?」
「そうじゃなくって、時と場所を考えて行動しろって言ってるんだよ」
「あのー、二人とも、さっきから周りの人がジロジロと面白そうにこっちを見てるんですけど……」

いきなり始まった親子ゲンカ?は、その場を通る人々が注目に値するに充分なものだった。

「とにかく、ここはひとまず早々にこの場から離れた方が良さそうだな。母さん、車はどこにある?」
「その道路を渡ったら直ぐの駐車場よ」
「蘭、ほら行くぞ」
「あっ、うん」

人々の好奇の目から逃れるように、3人はその場から足早に立ち去った。
その後、3人が乗った車は、途中ハリウッドを経由してビバリ−ヒルズにある工藤家へと到着した。

「どう? 新ちゃん、2年ぶりのこっちの家は」
「どうって言われてもな。2年前だって、ここには殆ど居なかったし…」
「そうだったわね。蘭ちゃん、折角だから、今回は少しゆっくりしていってね!」
「はい、ありがとうございます」

玄関先でそんなやり取りを終え、3人は工藤家へと入る。
有希子の『今、客室が荷物を置いていて使えないら、二人で新ちゃんの部屋を使ってね。但し、新一はソファーベットで寝る事』という、余計な気遣いによって、新一と蘭は顔を赤くさせながらも、ここは逆らわない方が得策だろうと判断して、有希子の言葉に従う事にした。
荷物を部屋に置いてリビングへとやってきた二人は、有希子の用意した紅茶とお菓子で一息付く。

その後、有希子も加わり、暫しの談笑となる。
ちなみに、この日、新一の父で推理小説家のである工藤優作は、締切間際の原稿を仕上げるため、ホテルに缶詰になっていたのだが、有希子の話によると何とか完成させる事が出来たらしく、担当の編集者に原稿を渡したら直ぐに自宅に戻ってくるとの事だった。

その内、有希子と蘭は、せっかくだからと二人で夕食を作り始め、その間、新一は現地の新聞に目を通しながら、何やらキッチンではしゃいでいる二人の姿を遠巻きに眺めて時を過ごしていた。
夕食の準備が終わる頃、優作がタイミングよく帰宅する。

「無事に着いたようだな、新一」
「父さんも相変わらず忙しそうで」
「まあな」

二人のそんな会話に気付いた蘭が慌ててキッチンから顔を出す。

「お邪魔してます、おじさま。お仕事、お疲れ様でした」
「蘭君も元気そうだね。まあ、ここではそんなに固くならずに、自分の家だと思って過ごすといい」
「はい、ありがとうございます」

そこに、後からやってきた有希子も顔を出した。

「挨拶はもうその辺にしたら? せっかく、私と蘭ちゃんとで腕に縒りをかけて作ったんだから、冷めないうちに食べましょう!」
「蘭君が作った夕食とは、それは楽しみだな」
「楽しみだなんて、そんな……、私はただおばさまを手伝っただけですから」

顔を少し赤くして答える蘭の様子に、優作と有希子は同時に微笑んでいた。
その日、用意されたメニューは、ミートローフにシーザスサラダ、それにミネストローネにパンといったもの。

「ほら、新ちゃんってハンバーグが好きでしょ? だけどもう、蘭ちゃんの味に慣らされてると思って。だから、ミートローフにしたのよ。ちなみに、ミネストローネは蘭ちゃんに作って貰ったからね」
「ハハハ……」

――― 慣らされてるって、俺、犬か何かかよ?

思わず新一は、そんな風な言葉を口にしそうとなったのだが、ここぞとばかりに“口撃”を仕掛けてくるのは目に見えてわかっていたので、あえて反論せずにいた。ただ、すぐ横で有希子の言葉にその都度、顔を赤くしている蘭には小声で『母さんはただからかってるだけだから、いちいち真に受けるな』とだけ伝えて。

「このスープは、家でもよく作るのかね、蘭君?」
「いえ、今日、初めておばさまに教えて貰って作ったんですが……、お口に合いませんでしたか?」
「いやいや、逆に美味しいから聞いてみたんだよ」
「ねー、新ちゃん。明日は特に予定は無いんでしょ? だったら、明日一日、蘭ちゃんを私に貸してくれないかしら?」
「貸すってね……、蘭はモノじゃないってーの。まあ、別に俺は構わねーけど、蘭はそれでも良いのか?」
「ええ、私も構わないけど」
「じゃあ、決まりね。久しぶりに蘭ちゃんと女二人、買い物でもしたかったのよ」

有希子は余程楽しみのようで、いつにも増して満面の笑みを浮かべる。

「では、新一。たまには、男二人で明日はゆっくりと過ごそうじゃないか」
「ホントに“ゆっくり”だろうな?」
「何を疑ってるのかな?」
「いや、別に。ただ、何となく言ってみただけだよ」
「何となく…か?」

そんな訳で、翌日は優作と新一、有希子と蘭とで別々に行動し、夕方に合流して夕食を取ろうという事になった。

そして、その翌日。
朝食を済ませると、有希子と蘭は車で出掛けて行った。
一方、優作と新一はそのまま自宅で過ごす事にした。

コーヒーを飲みながら、お互いにお気に入りの本を片手に、リビングのソファーに腰を掛ける二人。暫く、本のページをめくる音だけが部屋に響いていたが、その沈黙を破るかのように新一が話し始めた。

「なあ、父さん。何て言うか、今回は色々とありがとう。父さんが裏でインターポールやFBIに働き掛けてくれてなきゃ、こうして今を過ごせてなかっただろうし……。自分の事件だから手を出すなと言っておいて、我ながら情けねーよな」
「まあ、気にするな。俺はほんのちょっと手を貸しただけだ。それにお前は、何だかんだ言っても、俺達の大事な一人息子だからな」
「その割には、放任主義だけど」
「何だな、お前は過保護の方が良かったのかね?」
「そうは言ってねーだろ」
「ハハハ。ところで、新一。もう、蘭君にあんな思いをさせるんじゃないぞ。俺が手を貸したのも、あんな辛そうな蘭君を、いつまでも見ていたくないっていうのもあったんだからな」
「そいつは、よくわかってるって。俺だってアイツのあんな姿は二度と見たくねーから」
「それと、新一。お前が蘭君の事を大切に思うなら、毛利さんにもあまり心配を掛けるんじゃないぞ。後々不利になるのはお前なんだからな」
「どういう意味だよ?」
「そんな事、聞かなくてもお前だってわかってるだろ」
「ハハハ。まあ、ここはその忠告、素直に受け取っておくよ」

そんな会話の後、二人はまた静寂の世界へと戻っていった。

「今日はちょっと買い過ぎちゃったかしら? 何か蘭ちゃんと一緒だと娘と買い物に来たみたいで、ついつい嬉しくなっちゃってね」

郊外にある大型ショッピングモールで開店直後から買い物をしていた有希子と蘭は、抱えきれないほどの買い物袋を駐車場の車に積んで、モール内のレストランで少し遅めの昼食を取ろうとしていた。

「何か私ばっかり買い物してたわね。そうだわ、お昼を食べたら、今度は蘭ちゃんの欲しい物を買いに行きましょう。どこか行きたいところとかあるかしら?」
「欲しいものなんて…てん、私もおばさまにたくさん洋服を買って貰いましたから、もう充分過ぎるくらいです」
「あら、遠慮なんかしなくてもいいのよ」
「いえ、そういう訳ではないですから。ただ……」

そう言って、申し訳なさそうな顔をする蘭の様子に、有希子は何か頼み辛い事があるのだと思い、優しく問い掛ける。

「蘭ちゃん。何か言いたい事があるんでしょ? 遠慮しないで、さあ、何でも言って頂戴」
「実は、連れて行って貰いたい所があるんです」
「連れて行って貰いたい所って、どこかしら?」
「あの……」

なおも言い辛そうにしている蘭。

「蘭ちゃんのお願いなら、喜んで何でも聞いてあげるわよ」
「では、シャロンの……、シャロン・ヴィンヤードのお墓に連れて行って貰いたいんです。ここから、さほど離れていない所にあるって聞いたものですから……」

この言葉で、有希子は先ほどから言い辛そうにしていた蘭の様子を理解した。

「蘭ちゃん。シャロンの事は新一から聞いているのよね?」
「はい。ニューヨークで詳しく聞きました。シャロンのお墓が空だっていう事も知っています。でも、どうしても花を手向けたくって……。シャロンの友人だったおばさまにお願いすべき事じゃないとは思うんですが……」

なぜ、空の墓に、まして自分の命を危険にさらした相手に花を手向けたいと言うのか、有希子は不思議にも思ったのだが、真剣な表情でお願いする蘭の様子に、断る理由が見出せなかった。

「いいわよ。私も2年前に行って以来だし……」
「わがままを言ってすみません」

住宅街から少し離れた所にある墓地に、女優シャロン・ヴィンヤードの墓はあった。
この日、その墓地を訪れる人はほんの数える人数しかいなかった。蘭は、かつて大女優と言われた女性が眠るとされる空の墓にそっと花を手向け、そして、少しずつ自分の思いを語り始めた。

「ニューヨークで新一からシャロンの話を聞いてから、私、ずっと考えていた事があったんです。あんなに大きな犯罪組織にいて、まして、平気で何人もの人を殺していたというのに、スクリーンの中のシャロンはそんな事を全然、感じさせたりしなかった。きっと、自分自身を偽り続けていたんじゃないかなって。それって大変な事だと思うんです」
「そうね。シャロンは色々な人物を演じながら、本来の自分の姿を探していたのかもしれないわね」
「2年前に実際に会った時、少し哀しげな印象を受けたのはそのためだったのかもしれませんね」
「蘭ちゃん。この事は私も最近優作から聞いた事なんだけど……、シャロンは組織の中に居ながら、実は組織の解体を望んでいたらしいのよ」
「そうなんですか……、その言葉でちょっと安心しました。とても、根っからの悪人には見えなかったし、新一をかばうような形で死んでいったとも聞きましたから……」

そのまま静かに墓石を見つめていた蘭は、ふと、新一の話を思い出す。

「新一がニューヨークで話してくれたんですけど……、新一は、2年前のあの夜、シャロンの扮する通り魔に会う事によって、“黒の組織”というパンドラの箱を開けてしまったんじゃないかって」
「パンドラの箱? ギリシア神話の?」
「はい。今回の旅行はそのパンドラの箱を閉めるためだったのかも、とも言ってたんですが……。シャロンにとっても実は組織はパンドラの箱だったのかもしれないなって、私、思えてきたんです。だとしたら、シャロンにとっての残された希望って何だったのかなと……」
「そうね。案外、蘭ちゃん、あなただったのかも知れないわね。ほら、シャロンは蘭ちゃんの事をAngelって呼んでたんでしょ? それに、新一もかな。あの子の事を殺す気になれば出来たのに、それをしなかったのだから、シャロンは」
「私や新一? ……そうかもしれませんね。だとしたら、きっと、おじさまやおばさまも希望だったのかもしれませんね」
「そうね。そうだとしたら、少しはシャロンも救われるかもしれないわ」
「私、今でも女優のシャロン・ヴィンヤードは好きです。あのスクリーンの中で輝く彼女の存在感は圧倒的なものですし」
「そう蘭ちゃんに言ってもらえるなら、シャロンもきっと喜んでくれてるわよ」

二人は静かに目の前の墓を見つめる。
その様子は空であるはずの墓に残された“何か”を探すかのようだった。

その日の夕方、4人は優作がよく利用しているホテルで待ち合わせ、そのホテル内にあるレストランで夕食を取った。
レストランでの彼らの様子は、ごく普通の仲の良い家族といった感じで、そう、とてもつい最近まで国際的な犯罪組織と対峙していたようには決して見えない、微笑ましい様子だった。

翌日、4人は建築と景観の見事な融合を見せるゲッティ・センターで一日を過ごした。
それぞれ、常に忙しい日々を送る4人にとっては、その日は時間を忘れて、ただのんびりと過ごすという貴重な経験であったに違いなかった。

そして、翌日。 新一と蘭は帰国の途につく。二人にとってこのアメリカ旅行はそれぞれの胸に深く刻みこまれることとなった。
そう、つい数ヶ月前まで二人を苦しめていた辛い日々との完全な決別を意味する旅行として――――

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