プロポーズの翌日、つまり、この日はクリスマスです。
昨夜、一緒に過ごした二人は、こういったことは勢いに任せたほうが良いだろうということで、早速、蘭さんの両親への挨拶を済ませてしまおうと、今、蘭さんの自宅へと向かっています。
ちなみに、蘭さんの両親についてですが、彼女の父親は毛利小五郎、探偵事務所を開いています。
かつては『眠りの小五郎』として世間に名を馳せていましたが、最近は目立った活躍はみせていません。しかしながら、探偵としての能力が落ちてしまった訳ではないようです。今は元警視庁捜査一課刑事の経験を活かして、奥さんの妃弁護士のサポートをしていることが多いようなんです。
今、ちょっと名前が出ましたが、彼女の母親は妃英理。
『法曹界のクィーン』と呼ばれ、女性ではNo.1とされている弁護士です。ところで、何故、苗字が妃かと言いますと、10年以上前から二人が別居しているためです。
とは言え、この夫婦、実のところはとても仲が良くて、最近では一緒に過ごす時間も増えています。
さて、男性にとっての結婚の最難関である彼女の両親、特に父親への挨拶は、新一君の場合はどうでしょうか? ちなみに、この父娘、蘭さんが一人娘の上に父子家庭の時期は長いので、相当苦労すると思われますが……
まず、先に部屋に入ってきたのは蘭さんの方で、すぐ後から新一君が入ってきます。事前に電話で『大事な話がある』と伝えておいたので、蘭さんの両親にも大よその見当が付いてるようで、いつになく真面目な表情で二人を出迎えます。
「今日はわざわざお二人に時間を作って頂いてありがとうございました」
「そんなことは気にしなくていいわよ、新一君。ところで、あなた達の言う『大事な話』っていうのを聞かせてもらえるかしら?」
ちなみに、彼女の両親はこの時点で、娘の左手薬指に輝く指輪の存在に気付いています。
そうです。二人の予想は確信へと変わっていたのです。
「では、単刀直入に言います。蘭と結婚させて欲しいんです!」
「新一君、少なくとも私はあなた達のことを反対するつもりは無いわ。けど、まだ、二人とも学生でしょ? 少し早すぎるんじゃないのかしら?」
「おばさんが心配されるのはごもっともなことです。そう思いましたので、とりあえず、これを見て頂きたいんですが……」
「通帳と、こっちの書類は収支報告書?」
「はい。こちらの通帳口座には、僕が一人暮らしを始めた時からの余った生活費と、この春から受け取っていた依頼料が入っています。あと、そちらの収支報告書ですが、この半年余りの探偵業の業績を書いておきました。と言っても、まだ探偵業を始めて収入を得るようになってから半年ですし、安定した収入があるとは言えません。けれど、蘭と僕の二人分の卒業までの学費と生活費くらいなら、今までの蓄えで何とかなります。家のほうは親のものですから、いずれは出て新居と事務所を探さなければと思っていますが、とりあえず、大学を卒業するまでは、頼んでこのまま住まわせてもらおうと思っています。これでも、まだ心配でしょうか?」
「新一君がここまできちんと考えているのだから、勢いだけで結婚しようとしてる訳じゃないってことはわかったわ。 けどね……」
「蘭の夢なんです、子供の頃からの」
「新一がね、覚えていてくれたの。私が子供の頃に言っていた『お母さんたちみたいに20歳までに結婚するのが夢なの』っていう私の言葉を」
「そういえば、確かに蘭が4〜5歳の時だったかしら。近くの教会とかで結婚式を見る度に、そんなことを言っていたけど……、まさか、それで学生結婚を?」
「はい。それに、うちの場合も母さんが20歳で結婚していますし、それが自然な流れなんだろうなと思っていましたので」
「そう、わかったわ。二人の好きなようになさい。私は元々、反対するつもりは無かったしね。ところで、新一君。このことをあなたの両親に前から話していたの?」
「いいえ、両親には何も。後ほど、電話で連絡しようと思っていますが、まずは先に、お二人に許してもらわなければと思っていましたので」
「そうなの……。実はね、先週、私のところにあなたの両親から連絡があってね、依頼されたことがあったものだから」
「依頼ですか? それはどういった?」
「まず、優作さんからは家と土地の所有者の名義を、それと有希子からは、車の所有者の名義を、それぞれ新一君の20歳の誕生日に合わせて変更して欲しいっていうことだったわ。だから、今の話でてっきり、あなた達の結婚に合わせて依頼してきたのかと思ったのよ。新一君は二人から何も聞かされていなかったの?」
「ええ、全く」
「そう。まあ、二人らしいわね。そういう訳だから、あなたがさっき言っていた新居と事務所を探すっていう話は、必要がなかったようね」
ところで、お気づきでしょうか?
先程から蘭さんの父親が全く言葉を発していないということを。これは、普通に考えると、非常にマズイ状況になっているような気がするのですが……
「あなた、さっきからずっと黙っているけど、二人に何か言うことは無いのかしら?」
「蘭、本当に新一『で』いいんだな?」
「うん。あっ、ううん。新一『が』いいの!」
「そうか……。なあ、新一。昔から俺は、オメーにだけは蘭をやりたくないと思っていた」
「えっ?」
「けどな、オメーしかいないんだろうとも思ってたよ……。新一、オメーに一つだけ条件を出す」
「はい!」
「今後、何があろうとも、俺に対して『お父さん』やそれに類する言葉で呼ぶな。いいな!」
「あっ、はい、わかりました」
「じゃあ、お父さん、私たち、結婚してもいいの?」
「ああ、勝手にしやがれ!」
「ありがとうございます」「ありがとう、おとうさん」
「良かったわね、蘭。新一君、蘭のことを頼んだわよ」
「はい!」
「新一、わかっているとは思うが……、前みたいに、また蘭に辛い思いをさせるようなことがあったら、その時は覚悟しておけよ。まあ、その先の人生は無いものと思え!」
「はい、わかっています」
「蘭、娘を不幸にしたくって嫁にだすような親なんてどこにもいやしないんだ。俺たちみたいに別居なんて言ったら許さないからな! 必ず幸せになるんだぞ」
「うん、お父さん、ありがとう。それに、お母さんも」
「本当に良かったわね、蘭」
「うん」
意外な展開と言いますか、案外、あっさりと二人の結婚の許可が下りましたね。もっと修羅場になるかと思っていましたが。
さて、もう一方の新一君の両親への報告はどうなのでしょうか?
新一君の言葉によりますと、反対されるようなことは無いだろうとの話でしたが……
「ねえ、新一君。どうせなら、ここからロスのあなたの両親に電話してみたら? こういうことは早く報告したほうが良いもの。それに、私もあの二人がどういった反応をみせるのか、気になるところだし」
「あ、はい。では、お言葉に甘えて……」
「おかしいな……」
「電話に出ないの?」
「ええ」
「どっかにメシでも食いに行ってるんじゃねーのか?」
「それは無いはずです。母さんのわがままで、昔からうちはクリスマスとか誕生日とか、そういったイベントがある日は、何があっても必ず自宅で過ごすことになっていましたから。それは、二人がロスに行ってからも変わってないはずです」
「そうなの? だとしたら、確かにおかしいわねえ」
「ええ。まあ、仕方がありませんので 後ほどまた電話してみます。それでは、僕はこの辺で失礼します。お二人とも今日は本当にありがとうございました」
「あら、どうせなら、一緒に夕食でも食べていったらどうなの? あなたも別に構わないでしょ?」
「あ、ああ」
「いえ、お言葉はありがたいですけど、今日はやはり遠慮しておきます。せっかくですから、今夜は3人でゆっくりと過ごしてください。それでいいよな? 蘭」
「うん」
「そういう訳ですので。では……」
この日、残念ながら、新一君の両親への報告は出来なかったようです。ちなみに、彼の両親がなぜこの日に限って自宅にいなかったのか、その理由が判明するまで、この後、それほど時間は掛かりませんでした。
さて、結婚と言えば、超えなければならないハードルが沢山ありますが、この二人の場合はどうだったのでしょうか?
留意の書く小五郎さんは、どうしてこうも物分りが良いのか……
周囲の意見等を総合すると、結婚とはやはり本人たちだけの問題ではないようです。
このシリーズでは、そのいった点を書ければと思ってます。