3. 父と息子

この二人ほど、我が息子の行動及び思考パターンを熟知している夫婦はいないでしょう。この二人は既にこの時点で、息子よりも先に行動を始めていたのですから。

翌12月26日。
新一君と蘭さんは、これから始まる二人の新しい生活に向けて早速相談をするつもりのようで、朝から二人で彼の家にいます。けれど、話はなかなか前には進みません。昨日からの疑問が頭から離れないままでいたからです。

「ねえ、あれから、ロスのおじさまとおばさまには連絡は取れたの?」
「それがさー、あの後、何度も電話やメールしてるんだけど、音沙汰無しなんだよ。ったく、肝心な時に、一体どこにいってるんだか」

〜 ピンポーン 〜

「ん? 今日、誰か来る予定なんかあったっけな……」

「たっだいまー、新ちゃん!」
「か、母さん。それに、父さんまで。二人とも、何でいつも連絡をよこさずに、いきなり帰ってくるんだよ!」
「何かね? たまには日本で家族揃って年越しをしようという親に向かって、お前はさも迷惑だとでも言いたいようだが?」
「何もそうは言っていないだろ? ただ、事前に連絡くらいはしてくれって言ってるんだよ。こっちにだって、色々と都合とかあるんだからさ」

何はともあれ、行方不明だった?新一君の両親と、無事に会うことが出来たようです。
さて、この二人にも、きちんと結婚の報告をしなければなりませんね。

「まあまあ、新ちゃん、そんなに怒らないで。私たちだって、色々と準備で忙しかったんだし。あら、蘭ちゃん、こんにちは。お久しぶりね」
「こんにちは、おじさま、おばさま。お邪魔しています」
「ほらね、優作。私の言った通りだったでしょ?」
「ああ、そのようだな」
「それ、どういう意味だよ、二人とも?」
「それじゃあ、とりあえず……、二人とも、おめでとう! これで、やっと私の思い通りになるのね!」

「「え?」」

「二人の結婚がやっと決まったんでしょ?」
「な、何で、二人が知ってるんだよ、その事を」
「そんなの簡単じゃないの。だって、昔、蘭ちゃんが言っていたでしょ? 『20歳までに結婚するのが夢なの』って。新ちゃんのことだから、蘭ちゃんのためにその夢を叶えてあげるだろうと思ったのよ。それで、来年の6月に結婚すると仮定したら、準備とかを考えて、きっと、このクリスマスに新ちゃんはプロポーズするだろうと踏んで、慌てて帰国したってわけ。私の推理が間違っていない証拠に、ほら、蘭ちゃんの左手薬指にはめられた指輪!」
「お前の行動はバレバレなんだよ、新一。一応、これでも親なもんでな」
「ったく……、道理で電話しても出ないわけだ」
「ところで、新ちゃんに蘭ちゃん、この後、特別な用事とかあるのかしら?」
「いや、別に」
「だったら、蘭ちゃんを貸してちょうだい。ね、新ちゃん、良いでしょ?」
「だーかーらー、蘭はモノじゃないってーの!」
「わかってるわよ、それくらい。それじゃあ、蘭ちゃん、行きましょ!」
「え!? あ、はい。よくはわからないけど……、じゃあ、行ってくるね、新一」
「お、おう…」

「やれやれだな。ところで、新一。そろそろ、家の中に入れてもらいたいんだが。確か、まだこの家は俺のモノだったはずだけど……」
「あ、悪い」
「ついでに、有希子の荷物を運んで欲しいんだが」
「げっ、マジ? 母さんの荷物はいつだってバカみたいに重かったような……」

まあ、何はともあれ、新一君の両親への報告?も、無事に済んだようです。それにしても、緊張感も何もあったものでないですね。彼らの会話は、すべて玄関先で交わされていたのですから。残された父と子は、とりあえず、自宅待機のようです。

「どうやら、毛利さんには許してもらえたようだな。相当、手強い相手だったのでは?」
「それが、思いの外、あっさりと許してもらえたよ。一つだけ、条件は出されたけどな」
「条件?」
「何てことは無い。ただ、『お父さん』とか、その類の呼び方をするなってことだよ」
「あの毛利さんが、その程度の条件で許してくれるとはな」
「そうだよな、俺も烈火の如く反対されるだろうと思っていたから、拍子抜けだったよ。ところで、この家と車のことだけど……」
「ああ、そのことか。初めに言っておくが、俺は、お前が結婚するからといって家を譲るつもりになったわけではないぞ。まずは、俺たちは今後、日本に戻ってきてこの家で生活することは無いだろうと判断したこと。それと、お前が当分、日本を離れるつもりが無さそうだったから、お前の成人を機に名義変更するつもりになったんだよ。ただ、車の方は有希子が勝手にしていることだから、どういうつもりかは俺にもわからないが」
「そういうことだったのか……、ところで、どうして、俺が日本を離れないって?」
「それは、お前が日本で進学して、探偵として依頼料を取り始めたからだよ。探偵をするなら、アメリカの方がよっぽどやっていきやすいのに、お前はあえてその道を選ばなかった。お前の性格からいけば、本当に望んでいたら、蘭君を説得して一緒に渡米するくらいのことはしただろう?」
「まあな。けど、不思議とアメリカで探偵をやろうとは思わなかったんだよなぁ。それに、あの組織との件では沢山の人に世話になったから、少しは恩返ししなくちゃとも思っているし」
「そうか、渡米自体の考えが無かったか。それは少し意外な気もするが、思い返してみれば、最初から答えは決まっていたのだろう。俺たちがロスに渡った時も、高校進学の時も、子供の姿になったお前を迎えに来た時も、いつだってお前は迷わずに日本での生活を選んできたのだからな。まあいい、お前がそういった考えがあるのなら、気が済むまでやりなさい」
「ああ、そのつもりだよ」
「ところで、新一。お前の父親として、一つだけ、当たり前のことだが言っておくことがある」
「お、おう」
「それは、決してこの結婚が、自分にとっても蘭君にとっても、後悔するようなことがないようにすることだ。相手だけではなく、時期についても決して後悔させないこと。俺から言うことはそれだけだ。後は二人が決めたことなのだから、自分たちの好きなようにするといい」
「そのアドバイス、有難く受け取っておくよ。ところでさ、母さんが蘭をどこに連れて行ったのか、父さんは知ってるのか? 何か、ひどく慌てていたみたいだったけど」
「それが、実は俺も知らないんだ」
「マジかよ、ソレ?」
「ああ。だが、俺が思うに、今月に入ってから有希子は何度となく日本に電話していたみたいだから、その電話の相手の所だとは思うのだが」
「何か俺、物凄く嫌な予感がするんだけど、気のせいだろうか?」
「ハハハ。まあ、俺から言えることは、未だかつて、あれほどはしゃいでいる有希子を見たことはないということだ」
「今の言葉で、俺、嫌な予感が確信に変わった。絶対、母さんは何かとんでもないことを企んでいるに違いない。ハアー、蘭は大丈夫なんだろうか?」
「大丈夫だろう、おそらくは……」

二人の考えは、少なくともこの時点では、珍しく外れていたようです。
ただし、あくまで、この時点まではですが――――

優作さんと有希子さんは書いていてすごく楽しいんだけど、同時に難しくもあります。
今回は優作さんの父としての思いを書いてみましたが、父と息子の会話は特に難しいですね。

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