5. 母娘、親友

更に一時間ほど時間は経過します。
蘭さんはというと、この時点で大よその打合せが終わり、細かい部分へと話が進んでいます。一方の有希子さんは、何やらソワソワと落ち着かない様子。というのも、先ほど、電話で話をした相手を、今か今かと待ち侘びているからなんです。でも、そんな状態も、もう終わり。どうやら待ち人が現れたようで、自動ドアが開きます。

「もう、有希ちゃんったら、日本に帰ってきているのなら、そう言ってくれれば良いのに……」
「ゴメン、英理ちゃん。でも、私が日本に帰ってきたのって、つい数時間前だったんですもの」
「そうなの? まあ、いいわ。それより、私をこんな所に呼び出したりなんかして、一体、何の用かしら? それよりも、有希ちゃん、あなた、新一君と蘭のことはもう聞いたの?」
「ええ、もちろん。だって、今日、英理ちゃんを呼び出したのも、そのことがあったからですもの」
「どういう意味?」
「それはね、英理ちゃんにどうしても見てもらいたいものがあったからなの。このまま、ちょっと待っててね」

そこまで言って、有希子さんは店の奥へと消えていってしまいました。
そうそう、有希子さんの待ち人は、先ほどからずっと気にしていた親友で、蘭さんのお母さんの英理さんでしたね。 さて、その英理さんは、わけもわからぬままにその場で待ち惚けのようです。けれど、そんな時間もほんの僅かな間でした。

「お待たせー、英理ちゃん」
「蘭?」
「お母さん!?」
「このドレスね、私が20年前に着たものなんだけど、どうしても、蘭ちゃんに着てもらいたくってね。蘭ちゃんも気に入ってくれたみたいだし。どーお? よく、似合っているでしょ?」
「え、ええ……」
「ホント、お母さん?」
「本当に良く似合っているわよ、蘭……」

そう答えた英理さんの瞳に、この時、大粒の涙が溢れ出します。

「ゴメンなさい……、突然のことだったから、ちょっと、ビックリしてね。でも、不思議なものね。こうして、蘭のウエディングドレス姿を目にしたら、頭ではわかっていたはずなのに、もうすっかり大人なんだなあと思って、少し寂しい気持ちになってしまって……」
「お母さん!?」
「心配しなくてもいいわよ。別に反対してるってわけじゃないんだから。嬉しいと思う気持ちの方がずっと大きいのよ、本当に。それと、有希ちゃん、今日はありがとうね。私たちの時は籍を入れただけだったから、私にはこういったことに少し、疎いところがあるのよね。有希ちゃんが蘭にアドバイスしてくれるのなら、私も何の心配もする必要がなさそうね」
「英理……、そっか、あなたと小五郎君は、出来ちゃった結婚だったのよね?」
「ええ、まあ……」
「ねえ、英理ちゃん。ウエディングドレスを着たいと思ったことは?」
「それは、まあ、昔は人並みにそう思っていた時期もあるけど。今となっては、さすがにそんなことは思わないわよ。それより、今更、何でそんなことを聞くの?」
「ううん、ちょっと気になったから。あ、蘭ちゃん、ゴメンなさいね。打合せも大方終わったようだし、もう着替えてもいいわよ。今日は、長い間、どうもお疲れ様でした」
「あ、はい。それじゃあ、直ぐに着替えて着ますので」

蘭さんは着替えのために店の奥へと行ってしまいました。
残された二人はというと、英理さんの方は、思いがけない一人娘のウエディングドレス姿を目の当たりにして感慨深げな様子です。

一方、有希子さんの方ですが、何やら様子がおかしいんです。
というのも、目の輝きが先ほどまでとは、まるで比べ物にならないものになっているのです。どうやら、とっておきのアイデアが思い浮かんだようで、今は思考回路をフル回転といったところでしょうか。

しばらくして、そんな二人の元に、着替えを済ませた蘭さんが戻ってきました。二言、三言、蘭さんと英理さんは言葉を交わしています。さて、そんな二人に有希子さんが、
「ねーえ、二人とも。ちょっと、相談したいことがあるんだけど……」
と、さも得意満面といった表情で、自らのアイデアを話し始めます。さて、その問題の内容のですが、どうやら奇想天外なものだったらしく、二人とも驚きの表情を隠せないでいます。

「ちょ、ちょっと、有希子。あなた、本気でそんなことを言っているの?」
「もっちろん! ねーえ、蘭ちゃんだって良いアイデアだと思うでしょ?」
「そ、それは、私もお母さんたちがそうしてくれたら、本当に嬉しいけれど……」
「ほーら、蘭ちゃんだって、望んでいることなのよ。ねえ、英理ちゃん。もう、そろそろいいんじゃない? 英理ちゃんだって、満更でもないくせに。だったら、この機会に、ね? もういい加減、覚悟を決めちゃいなって! 絶対に悪いようにはしないから!!」
「そんなこと言ったって……」
「ねえ、お母さん、私からもお願い! それは、私だって、おばさまの提案に最初はビックリしたけど、そうしてくれたらどんなにか安心だもの。ね? お母さん!!」
「けど……、第一、そんなことしたら、新一君が許さないんじゃないの?」
「それなら、大丈夫。何の心配も要らないわ。だって、あの子、蘭ちゃんの望んでいることだったら、絶対に反対するはずがないもの。ね? 蘭ちゃん」
「たぶん、はい、新一だってきっと喜んで賛成してくれると思います。だから、ね? お母さんってば!」
「とは言え……」
「お父さんのこと?」
「まあね……」
「それも、大丈夫よ。優作と新一の二人に相談すれば、絶対に良いアイデアを出してくれるから。それよりも、英理、あなた自身の答えをはっきりしてちょうだい。YES? それとも、NO?」
「私は……、そんなこと、急に言われたって、直ぐに答えられるわけがないじゃない!」
「そう答えるってことは、嫌ってわけでもなさそうね。だとしたら、ここは蘭ちゃんのためだと思って決めちゃいなさい! 英理ちゃんだって、蘭ちゃんには幸せになってもらいたいんでしょ?」
「もちろん、二人には幸せになってもらいたいわよ」
「じゃあ、決まりね!! 麗子さーん、悪いけど、ちょっとこっちに来てくれないかしら?」
「ちょ、ちょっと、有希子ってば! 私は、まだ何も……」
「いいから、いいから」

そんなわけで、有希子さんによって、半ば強引に事が進もうとしています。英理さんは未だ困惑気味ですが、蘭さんの方は有希子さんの提案に最初は驚いていたものの、今となっては大賛成のようで、有希子さんと一緒にあれこれと話を進めています。

結局、この後、三人がこのお店を出たのは、更に2時間ほど経過してからのことでした。

すみません。話の都合上、勝手に毛利夫妻、出来ちゃった結婚にしています。でも、何となく、そんな感じがしませんか?
さて、今回の話で、この先の展開は大体わかるかと思います。でも一応、最後までは明らかにならないように話は進めていきますが。

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